本稿は、日経ビジネススクール(日本経済新聞社、日経BP社)が主催する次世代リーダー向けセミナー「テクノロジーインパクト2030」の講師に、各研究分野でのテクノロジーの進歩が近い将来に何を起こそうとしているのか、ビジネスにどのようなインパクトを与えると考えているのかを聞いたものです(関連記事1関連記事2関連記事3)。

 健康は万人に共通の関心事であり、無病息災は時代を超えた願望である。このため、医療技術の開発と実用化には莫大な資金と人材、英知が投入され続けている。こうしたモチベーションと取り組みの環境を背景にして、医療分野は、古くはX線、新しくは人工知能(AI)やロボットと、その時代の最先端の技術を真っ先に活用する応用開拓のトップランナーになっている。

 新しく生まれた技術は、基礎的な技術が出来上がるだけでは、生活や社会、ビジネスを変えることができない。技術の潜在能力を引き出して具体化する応用開発や技術利用を支援するエコシステムの構築があってはじめて、世の中に大きなインパクトを及ぼすようになる。AIやロボットをフル活用する時代の到来に先駆けて、医療分野では既に未来を開く先端技術の活用が始まっている。先端技術を扱う医療の今の姿は、世の中全体の近未来の姿でもある。

 フリーランスの医師として救急医療の現場に立ちながら、同時に情報学研究者としてAIやロボットなど多くの先端技術とその活用の今を研究している沖山 翔氏に、医療分野での先端技術の活用状況と今後の展望を聞いた。

沖山 翔(おきやま・しょう)氏
沖山 翔(おきやま・しょう)氏
2010年東京大学医学部卒業。日本赤十字社医療センター(救命救急)での勤務を経て、ドクターヘリ添乗医、災害派遣医療チームDMAT隊員、船医、株式会社メドレー執行役員として勤務。メドレーではオンライン医療事典「MEDLEY」の立ち上げに携わる。現在はフリーランスの医師として診療を続ける傍ら、個人で情報学の研究活動を行う。人工知能学会、情報処理学会会員。

AIやロボットは身近な先端医療

――AIやロボットなど、近年の先端技術の活用の動きを、技術ユーザーである医療関係者の視点からどのようにご覧になっていますか。

沖山氏 AIやロボットには、医療分野に応用された過去の先端技術とは違った期待感が出てきているように感じます。これまで医療にまつわる科学技術は、X線撮影や創薬技術のように、患者ではなく医師や研究者が使うものが中心でした。ところがAIは、既に囲碁のトップ棋士を破るといった一般の人にも分かりやすい成果を上げ、その絶大な威力が広く知られています。このため、AIやロボットの医療分野への応用に対する期待は、専門家よりも世の中全体の方が大きいように感じています。

 これらの新しい技術は将来的に、医療と患者の関係を塗り替えるポテンシャルを持っていると思います。これまで、医療と患者は、常に医師を介してつながってきました。医療とは、すなわち医師による検査・診断・治療のことだったのです。その背景には、病気、症状、患者一人ひとりの体質、検査法や治療法などがからみあった医療の複雑性があります。病状を正しく把握し、適切な処置をするための翻訳家として医師が必要だったのです。一方で、AIは複雑なデータを把握し、統計的な結論を出すことが得意です。AIが適切に発達していくことで、医者という翻訳家を介さずに医療と患者がつながる新たなバイパスが生まれる可能性があります。

 近年では国によって、患者の自発的な対処行動を促し、病院での受診を最小限に抑えるセルフメディケーションが推進されています。医療保険制度を維持していくためには欠かせない動きです。しかし患者の自己判断による医療は、一定のリスクも伴います。AIやロボットを医療に応用することで、人手不足の医師のサポートになるとともに、自発的に医療を受けられる環境への一助となります。