1994年12月に発売された「プレイステーション(PS))」(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)は、家庭用ゲーム機としては初めて累計出荷台数が1億台を超え、世界的なムーブメントを巻き起こした。その仕掛人が久多良木健氏だ。社内を説得し、他社を巻き込み、時代を先取りした技術をベースに市場を生み出した。新しい価値創造をけん引するCTO(最高技術責任者)としての役割を果たしたと言っていいだろう。同氏は「CTO30会議」で「事業創造への挑戦とCTOの役割」と題し、CTOの役割や陥りやすい罠について講演した。その講演を踏まえてCTOのあるべき姿について久多良木氏に聞いた。

――講演の中で、ソニーの創業者である井深大氏と盛田昭夫氏は、CEO(最高経営責任者)と同時にCTOの役割を担っていたと話されましたが、当時のソニーはどんな企業でしたか。

写真1 サイバーアイ・エンタテインメント 代表取締役社長兼CEO 久多良木健氏(撮影:新関雅士)
写真1 サイバーアイ・エンタテインメント 代表取締役社長兼CEO 久多良木健氏(撮影:新関雅士)

久多良木 CEOやCTOだけでなく、CMO(最高マーケティング責任者)などの役割も兼ねておられたのではないでしょうか。もちろん、そんな肩書は当時のソニーにありませんが、やられていたことはまさに同じです。自ら世界中のマーケットに赴き、自分の言葉で話ができる。“オールマイティ”と言ってもいい活動ぶりです。トランジスタラジオや5インチのマイクロテレビなどの先進的な世界初の商品を次から次へと発売して、とにかくソニーはかっこよかった。私は、働くならここしかないと思っていました。

 井深さんや盛田さんというソニーの創業メンバーだけでなく、岩間さん、木原さん、森園さん、大曾根さんといったソニーの黄金時代を支えた経営幹部の面々は、皆同様に経営マインドを有する優れたエンジニアでもありました。会社全体がワクワクしながら夢を追い求めていた時代が創業から30年あまりあったでしょうか。今で言えば米Tesla(テスラ)のイーロン・マスクや米Google(グーグル)のラリー・ペイジなどの顔が浮かぶでしょう。共通しているのは、技術が分かるだけでなく、自分たちのやりたいことを実現するために事業を立ち上げている。

――ソニーにそうした働きぶりの人がいなくなってしまったのはなぜでしょうか。

久多良木 2000年頃に、エンジニアのモチベーション向上のために「コーポレートリサーチフェロー」という制度が新設されました。領域別に突出した技術を持っている人にフェローという称号を授与する制度です。一方で会社の規模拡大に伴い、経営のプロフェッショナル化が進行しました。これが経営と技術を図らずも遠ざけてしまったのではないでしょうか。

 エンジニアは経営のことを考えずに済むようになったため、自分の好きな領域の研究を追い求めれば済むようになった。おかげで、それぞれの要素技術はすごいのですが、そこに経営者の視点としての突出したビジョンが急速に失われていきました。どこにプライオリティをつけて、どうやって大きな仕事に育てればいいのか分からなくなってしまったということです。

――改めてCTOに必要な資質で最も大事なことは何でしょうか。

久多良木 未来の核となりそうな技術を見極めて、そこに至るプロセスや道筋を示すことです。CTOは1人で事業をするわけではありません。チーム全体で取り組む必要があるわけですから、その道筋をチームメンバーにかみ砕いて示さなければなりません。目標を定め、そこに至るロードマップを策定し、ストーリーを描いて、示すことが大事です。

 そうして5年先、10年先、15年先には実現可能となるだろう世界をイメージしてみる。描いた世界は各ステージで達成すべき目標というべきかもしれません。ここからバックキャストして、今すべきことを考えるわけです。

――CTOを突き動かすものは何でしょうか。

久多良木 あくなき好奇心でしょうね。目につくあらゆるものに好奇心を抱いて、どうやって実現しているのだろう、どうしたら実現可能かと、持てる妄想をフル回転させて都度考える。そのためには、特定の領域だけを深く追い求めているだけではダメで、例えその場では未消化であったとしても、さまざまな領域や事象に積極的に触れてみる必要があります。

 そういう意味では、CTOは、ある程度ロマンチストであることが必要なのかもしれません。大きなロマンがないと人々は共感してくれませんから。イーロン・マスクなどは、その最たる例ではないでしょうか。

――技術者としての能力は必要ですか。

久多良木 私はCTOに求められる基本的な資質として、何よりもエンジニアとしての卓越した技量と豊富な知識と経験に裏付けられた突破力、そして修羅場における揺るぎない戦闘力を挙げています。

 いざとなったら、自らプログラムコードや図面を書いたり、チームメンバーと一緒にプロトタイプを作ったり、手足を動かして全員を力強く牽引するくらいでないとCTOとは言えません。CTOのTはテクノロジーですから、技術のディスカッションに加われないようでは失格です。最近の大企業には、技術者としての能力が乏しい中で、研究管理ばかりしている技術トップが多いことを危惧しています。

 さらに画期的なアーキテクチャーを見いだす力がCTOには必要です。頭の中にある実現したいものを、どう創るか、どういう形にするかがアーキテクチャー設計です。これが作れないと、途中で土台から崩れ落ちる。土台となる基本的なアーキテクチャーは、きちんと技術を理解しているCTOの下で考えなければいけません。

――研究者の実力を引き出すことが目標の達成には重要だと思いますが、その時にCTOはどのような役回りをすればいいのでしょうか。

久多良木 潜在能力の高い人が、さらなる実力を発揮できるように環境を整えることもCTOの役割です。人事の評価では、そこそこ優秀な人はたくさんいます。しかし、本当に優秀な人は埋もれてしまっていることが多い。周囲から奇人変人呼ばわりされ、人事評価では必ずしも高い評価を得られないような、そんな人の中に実はすごい仕事をする人がいます。そうした人を組織の中で生かしていくことが大事です。

写真2 かつてのソニーの経営者はCTOでもありCMOでもあったと語る久多良木氏(撮影:新関雅士)
写真2 かつてのソニーの経営者はCTOでもありCMOでもあったと語る久多良木氏(撮影:新関雅士)

 こうした奇人変人たちの才能を見抜き、思う存分活躍してもらう場を提供することこそCTOが持つべき資質の一つなのかもしれません。管理志向のマネジメントや、今あるものの延長線上でしかものを考えられない普通の人々には、なかなかその人のすごさが分かりません。しかし、「ちょっと面倒な奴だが、これをやらせたらとんでもない力を発揮する」と思う眼力と、それを自らの職責でやらせてみる度量が必要です。

 有能なエンジニアなら横で見ていて、誰がその奇人変人なのかが分かりますし、逆に世渡り上手なものの実力は大した事がない人も簡単に見抜かれてしまうものです。優秀なCTOなら、そんな組織の中の奇人変人たちを、チャンスを見つけて適材適所で活用し、思う存分、持てる実力を発揮させるべきでしょう。

 最後にもう一つ。CTOは根っからの楽天家がいいですね。まわりの人が、「この人について行ったら、何か楽しいこと、大きなことができるかもしれない」と思えるくらいのほうが、優秀な人が自然と集まり、本来の実力を発揮してくれます。