オムロンは1933年の創業時から、顧客のニーズに応える形で一つひとつ事業を立ち上げてきた。今では100以上の事業を持つ。企業全体として特定の事業に依存することはなく、最大規模の血圧計分野でも売上高は500億円程度。ベンチャー企業程度の規模の事業も少なくない。そんな同社は、2015年4月にCTO(最高技術責任者)職を設置した。最大の理由は、事業間の橋渡しを求めるケースが増えてきたことだ。初代CTOである宮田喜一郎執行役員常務に、CTO職が必要になった背景やCTOに求められる能力について聞いた。

――CTO職を設置した背景には何があったのでしょうか。

宮田 技術の進歩が急速になってきたことが背景にあります。それによって事業を取り巻く環境が大きく変化するため、経営に技術の視点が必要になりました。そこでCTOを設置することにしたのです。

写真1 オムロンCTO 宮田喜一郎執行役員常務(撮影:今 紀之)
写真1 オムロンCTO 宮田喜一郎執行役員常務(撮影:今 紀之)

 今から7年前の2010年に長期ビジョン戦略「VG2020」を作成しました。2011年からの10年間に取り組む内容をまとめたものです。ところが時間が経過してみると、技術による環境変化が激しく、予想しなかった分野から競合企業が現れたり、今まで競合企業と思っていた企業と手を組んだりといったことが何度も起こりました。そこで私のCTO就任後、VG2020のうち2017年から2020年の4年間の戦略を、技術を核に練り直し、「VG2.0」に変更しました。

――技術の変化は主にどの分野で起こっていますか。

宮田 変化が激しいのは、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ロボティクス、ヘルスケアの4分野です。これまで技術についてはカンパニーごとに対応していました。しかし最近は、全社横断的に関わってくる技術が増えています。先ほど挙げた変化が激しい4分野の技術は、どれも複数のカンパニーに関わります。そうした技術と、それに関わる技術者の横断的なマネジメントをCTOが担当します。各カンパニーで技術者を抱えるよりも、全社でまとめた方が効率的に動けるうえ、獲得したノウハウを別の事業で生かしやすくなります。

――技術の横断的なマネジメント以外にもCTOの役割があると思いますが、どのようなものがありますか。

宮田 CTOは将来像を作ることが仕事です。構想と言ってもいい。その将来像からバックキャストして現在の事業の方向性が適切なのかもCTOが判断します。

 打ち出した構想を外に向かって発信することもCTOの重要な役割です。外での講演、決算発表、展示会など話ができるところへ行っては構想を発表します。さらに、構想に共感した企業をパートナーにすることで仲間を増やしていきます。

 このほか、技術を手段にして事業を生み出すマネジメントもCTOの仕事になります。

――その事業を生み出すマネジメントについて詳しく教えてください。

宮田 創業者の立石一真が1970年に国際未来学会で「SINIC(Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution)理論」という未来予測理論を発表しました。SINICとは、科学と技術と社会が相互作用しながら進歩していくという理論で、現在は情報化社会から次の最適化社会に移ったところです。40年以上前の理論ですが、結構な精度で当たっています。オムロンの技術経営は、この科学と技術と社会の相互作用をベースに考えられています。

 科学は技術のネタを作り、発展させます。この部分は大学などとオープンイノベーション環境で進めています。そして、科学から生まれた技術を磨き、その技術を手段として社会に提供できる形にします。そしてトライ&エラーを繰り返し、技術を磨きます。これがオムロンの得意な事業化スタイルです。科学と技術が社会を変えていくという流れです。この流れを管理するのがCTOになります。CTOは、技術をコアにして、経営を革新する役割を担います。

 技術をコアにすると言っても、技術先行で事業を考え出すわけではありません。ファジー制御や画像処理などでAI開発には数十年前から取り組んでいますし、最近話題のディープラーニング(深層学習)も研究しています。マシンパワーが向上して、ディープラーニングの処理スピードが上がり、精度も高まりました。でも、それと事業化は別の話です。あくまでも顧客の課題解決のための選択肢の一つに過ぎません。