CTO(最高技術責任者)がビジョンを描く場合、「社会的課題の解決」を発想の起点とすることがある。この際、重要なのはどの社会的課題に注目し、その本質がどこにあるのかを見抜くことだ。今回は、深刻な社会的課題である高齢化に伴う医療費の問題を取り上げ、経済産業省ヘルスケア産業課長の江崎禎英氏に話を聞いた。経済産業省は、生活習慣病を未然に防ぐ方策として「エビデンス・ベースド・ヘルスケア(EBH)」の構築を目指している。また抗がん剤治療と緩和ケアを実施した場合の存命年数を比較し、2016年内にも結果を公表する予定である。
(聞き手=日経BPクリーンテック研究所 菊池珠夫)

――超高齢社会における課題は何でしょうか。

江崎 超高齢社会では高齢者が増えると誤解している人が多いのですが、65歳以上の高齢者の数が急激に増えるわけではなく、若者が減ることによって高齢者比率が増えるというのが実態です。しかも、今後65歳以上の人口は増えません。

写真1●経済産業省 江崎禎英課長
写真1●経済産業省 江崎禎英課長
(撮影:新関雅士)

 高齢化の進展に伴い深刻化している課題は2つあります。社会保障費の増加による財政の圧迫と労働力の減少です。労働力の減少は、生産年齢人口の減少に加えて、介護によって離職する人が増えていることも影響しています。今でも出産・育児のための休職より介護による離職が多くなっています。

――保育所などの待機児童解消、子育て支援といった少子化対策や外国人労働者の受け入れでは労働力の減少に歯止めがかからないのでしょうか。

江崎 少子化対策や外国人労働者の受け入れは、とても重要な政策課題です。ただ、これで人口構造が変わるわけではありません。

 団塊の世代が生まれた第1次ベビーブームと同じ出生率で子供が生まれ続けたとしても、人口減少が止まるのに約60年かかります。出生率の問題よりも出産適齢期の女性の数が減ることの方が影響は大きいのです。従って、少子化対策を進めても、高齢化の進展に歯止めを掛ける効果は見込めません。

 外国人労働者について言うと、彼らは非常に優秀です。ある日本の工場では高度な組み立てを外国人労働者に頼っています。問題はその子供たちです。外国人労働者の子供は、学校と家庭で異なる言語を使うことでバイリンガルになると思うかもしれませんが、多くの場合はどちらの言語も中途半端になります。言葉が中途半端なまま成長してしまった場合に、法令など社会規範の順守や経済的自立ができないかもしれません。そうした人々を支える体制も財政負担の準備も整っていません。その意味では、むやみに外国人労働者を増やすわけにはいきません。

――高齢者の人口が増えないのであれば、社会保障費は抑えられると思いますが、国民医療費と介護保険給付は増え続けています。なぜでしょうか。

江崎 医療技術の発達によって一人当たりの医療費が上がっているためです。そのため、高齢者が増えなくても医療費は増え続けます。

 今の社会保障費の考え方や仕組みが時代に合わなくなっています。1960年代から1980年代の人口構成をみると生産年齢人口がほとんどで、高齢者は1割にも満たないものでした。このため、手厚い社会保障給付をしても問題はなかったのです。ところが今後の人口構成では、若者と高齢者の比率はほぼ半々に近づいています。そして、長期の人口推計によれば高齢者の比率が半数近くを占める状態は約100年続くと見込まれます。むしろ1980年代以前の状態が例外で、若者と高齢者が半々という状況が普通という認識を持つべきなのです。