慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と、「株式会社あなたの幸せが私の幸せ(以下略*1)」創業者の栗原志功さんによる対談の第2回。落語「寿限無」のような社名誕生に背後にあった栗原流コンセプトメイクの秘密は“後付け”。「思いつきではあるが思いつきではなく、コンセプトを立てつつも必要ない」という、まるで謎解きのようなことを話す栗原さんのイノベーションの真実とは。
栗原さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
栗原さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
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思いつきは絶対に正しいと思っています

前野 栗原さんから飛び出すアイデアは、インパクトがあって面白いから単なる思いつきのように見えてしまう。でも、実際は相当緻密につくられているのではないかと思うんです。ただ、このコラムで対談した濱口秀司さん(米Ziba Design社 戦略ディレクター、monogoto代表)や横田幸信さん(イノベーションコンサルティング企業i.labのCEO)のような緻密につくり上げられたアイデアとは違うように思うんですよね*2

栗原 思いつきといえば、思いつきです。だけど、思いつきは絶対に正しいと思っています。というのも、人間は机の上で計算をしなくても、実は頭の中で勝手に緻密な計算をしているのではないでしょうか。それが思いつきと言いますか、ポンッと出てくるんだと思います。

前野 濱口さんは、もともとアイデアを思いつけなかった人だったそうなんです。発想法を工夫することで、やっとアイデアが出るようになったそうです。

栗原 それはたぶん、頭の中の計算が普通すぎて、そこから逃げたかったんだと思います。僕自身もそういう感覚がありまして、パッと発想をしたいのだけれど、普通のアイデアになってしまうことがある。それはなぜかを考えていました。

前野 昔は普通だったの?

栗原 普通だったところもあります。例えば「自分がなぜこのアイデアを思いついたのか」と理由をひも解いていくと、実は最近観た映画や人から聞いた話、読んだ本が根底にあるということが分りました。つまり、思いつきのように見えて実は意味があるんです。アイデアが出る時というのは、頭の中にあるいくつかの点が一斉につながって結びついたときです。そのときに「ひらめいた!」と思います。

 だから、「アイデアがつまらない、思いつきがつまらない」という理由は、普段みんなと同じ経験をしているからで、頭の中にある点がみんなと同じ場所に打たれているからだと思います。それならば、みんなと違う位置へと点をずらせばいいと考えました。だから、あえて、普段は見ないものや嫌いなもの、自分が避けたいものを経験して頭の中に点を打つことで、自然とナイスアイデアになると思うんです。

前野 なるほど、そもそも日常の経験自体を普通とは異なるようにずらすということか。そうすると、そもそも普通の人と違う経験をしているから、点はずれたところに打たれるということなのですね。同じことを濱口さんもおっしゃっていましたよね。「その業界について研究しないこと。研究すると同じ視点になっちゃうから」って。彼は自動車が好きだから自動車業界での発想はできない。それは既に知ってしまっているからと…。そういう感覚か。

栗原 そうですね。携帯電話屋を路上販売から始めましたが、路上の間も競争はあったわけです。そうすると、やっぱり他と差異化したい。だけど気を抜いていると言いますか、ほかの人と同じ行動をしていると同じ発想になってしまう。だから、あえて違う考え、違う場所、違うことをするように意識していました。例えば、前野先生に以前にお越しいただいた携帯電話ショップは埼玉県の北上尾駅前にある「サルズヒルズ」というちょっと大きめのところでしたが、その店のコンセプトは「打倒ディズニーランド」だったんです。

前野 そうでしたね。

栗原 「打倒ディズニーランド」というところにポンと点を打つと、そこからは全くほかのところとは違う発想になるんですよ。

*1 正式社名は、「株式会社あなたの幸せが私の幸せ。世の為人の為、人類幸福、繋がり創造、即ち我らの使命なり。今まさに変革の時。ここに熱き魂と愛と情、鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり。日々感謝、喜び、笑顔、繋がりを確かな一歩とし、地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲く。いざゆかん!浪漫輝く航海へ!」
*2 濱口さんとの対談は「優れたアイデアは、特許では守れない」、横田さんとの対談は「凄腕イノベーターを育んだ故郷・長崎と「中二病」」を参照