前野 技術者集団のような専門家によるアイデアも面白いですけれど、同質の人々が集まった集団には暗黙の常識があって、そこからはみ出す意見が出にくい。

 これは集団だけではなく、個人でも同じです。個人として多様な体験をしている人は、馬鹿げたアイデアからすごいアイデアまで幅広く発想できることが多いですね。

―― それは、自分自身ではすごいことが直接的にできないとしても、ひと握りの天才たちに影響を与えて間接的にイノベーションを起こすことができるということですか。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)
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前野 鋭いですね。その通りです。それは、間違いありません。天才が1人でやっているように見えても、本当は天才たちは普通の人の意見を普段から吸収しているのだと思います。

 例えば、それは一緒に酒を飲みながらする仕事の話だったり、趣味の話だったりするかもしれません。僕の場合は研究チームで行うブレーンストーミングが、その一つになっています。

 だから、「誰でも起こせるイノベーション」は、社会にとってとても大切なのです。多くの人がイノベーティブな発想で考えれば、天才にも普通の人にも影響を与えることになるからです。

―― そう聞くと、イノベーションが単なる憧れからグッと身近になりますね。

前野 例えば、日本の生産現場で日々活動している「カイゼン」は、実はイノベーションを成功させるプロセスの一つ。社員が集まってざっくばらんに議論する「ワイガヤ」は、ブレーンストーミングの手法です。今でも企業内に残っている活動や風土は大切ですし、社内で途絶えてしまったように感じる人たちは、自分たちにもできるということに、もう一度気付いてほしいですね。

―― 教授は前回、「億単位の年収を稼ぐような大きなものでも、目の前の仕事を工夫してボーナスが5000円増える程度でも、どちらもイノベーションなのだ」と話していましたね。

前野 ええ。獲得できる金額で測るとだいぶ違うように思ってしまいますが、実は、どちらも個人が感じている「幸せ度」としては変わらないんですよ。

 人類のために巨大なイノベーションを起こしても、自分のできる範囲で個人の仕事をちょっと改善しても、ちょっと課長に進言して課の中で仕事の進め方を変えるというようなことでも、自分の、そしてみんなの幸せ度が向上します。どれもすごくいいじゃないですか。

 多くの人々に感じてほしいことは、「ハチドリのひとしずく」なんです。森が火事になって、ほかの生き物たちが我先に逃げる中、1匹のハチドリだけは水のしずくを一滴ずつ運んで火の上にかけた。「そんなことをして何になるのだ」と笑われたハチドリは「私は、私にできることをしているだけ」と答えた、という話です。