―― キヤノンに就職してからも、そう考えていたわけですね。

前野 当然、競合他社との差異化をいつも考えていましたよ。でも、自分が勝ったら誰かが負ける「ゼロサムゲーム」ではダメだとも思っていました。キヤノンがニコンやリコーと同じようなカメラを作っていたら、市場の食い合いになってしまうじゃないですか。それは、自社も競合他社も、すべてのプレーヤーが幸せではない状態です。

 ゼロサムゲームではなく、「ノン・ゼロサムゲーム」にするためには、全く新しい市場を創造する必要があります。それができれば、既存のものを衰えさせることなく、自分たちはもうけていけるでしょう。

―― パイを奪い合う戦いをしないと。

前野 ギリギリのところで戦っていると、勝っても負けても嫌な思いをします。それよりも、「全く新しいことをするあの人、特別だね」と言われている方が楽しい。創造的に何かをやることが一番面白い生き方だと思うんです。最近の言葉で言えば「ブルーオーシャン戦略」ですね。

―― 前回、教授は「イノベーションは、誰でも起こせる」と話していました。でも、「誰でも起こせるイノベーション」は、そんなに大切なことなんですか。世界を変えるわけでもないのに。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)
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前野 実は1人の天才の存在は、イノベーションを起こすための十分条件ではないんです。

 例えば、ある研究では、「5〜6人が集まってブレーンストーミングをすると、新しいアイデアが生まれる」という結果が出ています。

 もちろん、何百億円を稼ぐようなものすごいアイデアは天才しか思いつかないかもしれませんが、自分の仕事の工夫で5000万円を稼ぐような、それくらいのイノベーションを会社の中で実現することは天才じゃなくても可能です。

 つまり、仕事の中で新しいアイデアを出すことは誰でもできる。しかも、それは知能指数には依存しないという研究結果もあるんですよ。多くの人は開花していない能力をたくさん持っていると思います。

―― それがなぜ、「誰でも起こせるイノベーション」の重要性につながるのでしょうか。

前野 イノベーションを起こすため、新しいアイデアを出すために大切なことは、「多様性(ダイバーシティー)」です。要するに、プロも素人も理系も文系も、いろいろな人が集まってアイデアを出し合う環境の方がいい。

 例えば、比較として「専門家集団」を考えてみましょう。その道の専門家が集まっているわけですから、集団で何か仕事をすると、平均的に質の高い結果になります。この取り組みは、改良という点では優れた成果を生み出します。

 一方で、専門家だけではなく、多様な背景を持った人が集まった集団からは「くだらないアイデア」がたくさん出てきます。専門家からすると常識外れの意見が出てくるでしょう。もちろん、アイデアの質は玉石混淆で平均値も下がります。でも、専門家が見ると「くだらないアイデア」の中に、専門家では思いつかない非常に優れたものが含まれることが多いのです。これが、イノベーション研究の面白いところなんですよ(下の図参照)。

『システム×デザイン思考で世界を変える』(日経BP社、2014年、26ページより転載)
『システム×デザイン思考で世界を変える』(日経BP社、2014年、26ページより転載)
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