前野 人間の能力を「機械工学の運動方程式を解ける」という能力だけで測定したら、運動方程式をよく知っている人が勝つ。これは当然です。でも、人間の能力は運動方程式を解くだけではありません。

 人間の脳には1000億個の細胞があります。みんな、同じくらい複雑なシステムを持ってるわけですから、誰もが何らかの天才的な部分を持っていると僕は思います。ただ30年、50年と生きる中で、その天才的な部分を見つけられないままの人がたぶん9割くらいを占めているのではないでしょうか。

 今回のコラムでは、そういう自分の天才的な部分に気付くヒントを読者のみなさんに提供したいと考えています。そのために世の中で「すごい」と言われている人たちをゲストに呼んで話を聞いていきたいですね。

―― 「誰でもイノベーションが起こせる」というテーマなのに、どうして「すごい」人の話なんですか。すごすぎると、読んだ人が引いてしまうのでは(笑)。

前野 確かに、すごい人に聞いた、すごい逸話を読んでも「この人スゲー、でもついていけない。俺はだめだー!」というネガティブな反応になってしまいがちです。

 でも、大丈夫。なぜなら聞き手である僕は、そんなにすごくないから(笑)。“そんなにすごくない”僕がすごい人の話を聞き、「誰でもイノベーションを起こして、幸せになれるエッセンス」を抽出して伝えられるのではないかと思っています。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)
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 すごい人は、やはり何かエッジが効いているというか、人と違った何かを自分の中から引き出して実践しています。

 多くの人がさまざまな刺激を受けるような話を、多様な分野のすごい人から聞き出したい。それが自分の才能や新しい生き方に気付くキッカケになるといいですね。ゲストの話から導かれるヒントを、うまく読者のみなさんに持ち帰ってもらいたいなと。

 すごい人たちの天才的な部分はもちろんですけれども、僕が感じたすごい人の「情熱、無邪気さ、好奇心」といった多くの人が共感できる部分を伝えていきます。「このすごい人と同じような部分が自分にもあるから、私もやってみよう」と気づいていただけるといいですね。

―― 前野さんも十分にすごいじゃないですか。メーカーのエンジニアから、米国に留学して、大学の先生に転身したのですよね。今や、慶應義塾大学の教授です。

前野 そうまとめられると、すごそうに聞こえなくもないですけれど…。実はこれまで僕が研究してきたテーマは、研究を始めた当初、小さくて注目されていなかった分野が多く、それらをこつこつとやってきただけなんです。

 最初に就職したキヤノンでは、超音波モーターを製品化する研究開発を手掛けていました。カメラレンズのオートフォーカスに使う技術です。静かに、かつ高速に動作するのでピシッと一瞬で被写体にフォーカスが当たる。今でこそ、大きな技術革新だったと言われていますが、モーターという技術全体の巨大市場で考えると当時、それほどメインストリームだったわけではありません。