慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と東京大学i.school ディレクター横田幸信さんによる対談の最終回。技術者は「ヒューマンセントリック(人間中心)」や「デザイン思考」を敬遠しがち。では、どうアイデアを生み出すか。実践に向けた具体的プロセスを、自動運転車を例に披露する。「自動運転は、カフェを見よ」。なぜ、そうなるのか。ここに横田流イノベーションの極意の一端があった。

調査対象は自動車好きや、自動車に乗っている人ではない

前野 先ほどから「自動運転」と「暇つぶし」の関係についてお話を聞いていますけど、「自動運転×暇つぶし」についてユーザー調査したわけですよね*1。実際には、どんな企画だったんですか。

*1 「自動運転」と「暇つぶし」に至った経緯は「「技術志向はイノベーションを生まない」のウソ」を参照

横田 「自動運転で暇つぶし」ということを前提としたときに、どんな変化が起きるか。その変化を考えて、それについてユーザー調査をしました。

前野 例えば?

横田さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
横田さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
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横田 2016年の今、暇つぶしを目的にクルマに乗る人はあまりいません。でも、暇つぶし、時間つぶしでコーヒーショップに行く人は結構います。

 だとすると、調査対象は自動車が好きな人や、自動車に乗っている人ではありませんよね。コーヒーショップで数時間過ごす人や、ネットカフェで仕事をしているビジネスパーソンでしょう。彼らにどんな不満があって、どうすれば仕事がしやすくなるのかということをフィールド調査やユーザー調査で探る。例えば、そこから「自動運転車の内装空間はどうあるべきか」、つまり未来のクルマの内装設計が見えてくるのではないでしょうか。走る技術や外装についても、同じように発想できると思うんです。そういうことを調べるプロジェクトを企画しました。

前野 最初にテクノロジーを見て、そのテクノロジーが社会シーンをどう変えるのか考え、それを調査対象にぶつけるということですね。

横田 自動運転車によって「便利になる」ではなく、「暇つぶしのために自動車に乗るという人が出てくる」と考える。では、暇をつぶす人は今、どういう場所にいるのか。コーヒーショップやネットカフェ、あるいは公園でボケっとしている人を観察することで、その人たちの時間をより有効にするようなニーズをクリアにし、それを自動車に落とし込んで説明するという発想をしたわけです。

 このプロジェクトを手掛けながら、「この手法には結構、汎用性がある」と思いました。つまり、ニーズを見るときに、いきなりヒューマンセントリック(人間中心)の考え方で調査をするのではなく、明らかに技術的な特異点があるようなものであれば、シーズが変わることでニーズの質的変化が起こるという前提に立てると。

前野 例えば、人工知能も?

横田 人工知能の特異点は、人間の能力を追い抜いた瞬間だと思います。

 だから、まず技術そのものが「A」から「A+」になるものなのか、「A」から「B」になるものなのかを洞察する。そして、後者の変化によってニーズが「A」から「A+」になるのか、それとも「B」に変えるような新しい社会を生み出すのかを特定し、それとアナロジー的に似ている領域にユーザー調査に行く。

 そうすると、まだぼんやりとしか見えていないニーズをかなり具体的に考えるプロセスになるんじゃないかと思うんです。

前野 なるほど。ただ、「自動車業界の話なのに、コーヒーショップを観察すべきだ」という思いつきには発想力が必要ですね。

横田 そこはクリエーティブな作業が必要な部分です。

前野 つらいけど、頑張るところですね。