慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と東京大学i.school ディレクターの横田幸信さんによる対談の第2回。希望通りの物理を学びながらTシャツビジネスを成功させた大学時代を経て、ついにi.schoolに出合った横田さん。i.school発のコンサルティングファーム、イノベーション・ラボラトリ(通称:i.lab)をマネージング・ディレクター(最高経営責任者)として率いて、大手コンサルティングファーム顔負けの実力を見せている。それでも、横田さんは「自分への期待値は低い」と漏らす。そんな横田さんがアイデアを生み出す源は、「ネガティブな妄想」にあるという。

サッカーが得意だったのに、バスケットボールのルールで…

前野 先ほど、横田さんは社会人になってから自分の脳みそを1/3しか使っていないと感じたと話していましたね*1。その“1/3感”は何で分かるんですか? 今は100%使っているの?

*1 脳みそを1/3しか使っていない話は「凄腕イノベーターを育んだ故郷・長崎と「中二病」」を参照

横田 今は80~90%ですね。かなり使っている感覚はあります。

前野 僕もメーカーで働いていた時代に周囲から与えられた仕事をやるときには、頭を100%使っていない感じがありました。その頭を目一杯使っていない感覚をみんなが感じて、使っていない脳みそを使えるようになればいいのにと思っていたんですよ。

横田 前野先生がこのコラムで対談した濱口秀司さん(米Ziba Design社Executive Fellow、monogoto代表)*2も「コンセプトを創るということが大事であるにもかかわらず、その思考を支援するツールがない」とおっしゃっていました。まさに僕自身がそう感じていて、社会人に成り立ての頃は「何を考えていいか分からない。どうしていいか分からない。自分がベストは尽くしているのは間違いないけれど、本当はもっとやらないといけないことがあるはずなのに…」という感覚でした。

*2 前野教授と濱口さんの対談は「優れたアイデアは、特許では守れない」を参照
横田さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
横田さん(左)と前野教授(写真:加藤 康)
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前野 “1/3感”に気づいたのはいつぐらいですか。

横田 「このままじゃ、まずい」という感覚は大学1、2年生の頃にありました。「物理だけをやっていても、クリエーティブになれるわけではない。だから、デザインもやらなきゃ」と考えた。それが、学生時代のTシャツ制作ビジネスにつながったわけです。

 「脳みその1/3しか使ってないぞ」と思うようになったのは、野村総合研究所で働いていた時代ですから20代後半です。会社で求められる要求水準とスピード感で仕事を進めるために真剣に頑張っていました。本来は脳みそを全部使って余裕で仕事をこなしたいのに、かなり苦労する。でも、全部使っているかというと、そうではない。全力は出しているけど、全部を出しているわけではないんです。例えると、それまでサッカーが得意だったのに、バスケットボールのルールでプレーしているという感じでしょうか。

前野 野村総研を辞めて、大学に戻ってからも?

横田 研究生活に戻ったときに「5割、6割に戻ったな」という感覚はあったんですけど、今度は逆に野村総研で身につけたコンサルタントとしての感覚が使えていない印象でした。だから、研究が行き当たりばったりになっているような気がしていましたね。もちろん、私の指導教官には戦略的に指導していただいていましたが、個人的には「もうちょっとやれることはないか。もっとニーズを先回りして考えられないか」と思ったりして。

前野 多くの人は仕事がうまくいかないと、「脳みその2/3をまだ使えていない」とは考えない。「俺ってだめだ。仕事ができないから出世できない」と思ってしまいます。でも、横田さんは「まだ脳みその2/3も残っているぜ」という自信があるということですよね。

横田 それを言われると自己矛盾するんですけど、基本的に自分自身への評価は極めて低いんです。確かに「脳みその1/3しか使っていないのに仕事ができている」という思考は、自分の能力に自信があるように思われてしまいますよね。

 でも、もともと遺伝的に賢いということはまずないと思うんです。高校受験は失敗しましたし、大学受験も失敗しています。基本的に高いパフォーマンスをほめられた経験はありません。野村総研の同期は、私ともう1人を除いた残りがすべて関東圏の大学出身でした。だから、ちょっとした劣等感というか、おまけ的という感じもあった。自分への期待値は、今でも限りなく低いですよ。

前野 低いのに、なぜその余裕が。