「日本は、イノベーションを起こすな!」というメッセージ
前野 日本を元気にするために米倉さんが今、大切だと考えていることは何ですか。
米倉 やはり教育だと思います。特に公教育ですね。私立学校がいい教育をすると言っても高い学費が必要なわけで、そこにばかり頼っては格差の助長につながります。日本もかつては、お金を持っていなくても、家柄が良くなくても公立学校に入れておけば何となかっていた。今こそ、公立学校で一番いい教育が受けられるようにしていかなければなりません。だから、公立学校の先生は給料も人数も3倍にして、それからバウチャー制も取り入れたら面白いと思っています。
前野 バウチャー制を、もう少し詳しく教えてもらえますか。
米倉 例えば、進学する生徒に100万円分のバウチャーを配ります。ご両親と生徒で行きたい学校を選び、入学したら学校にバウチャーを持っていく。そうすると、人気の学校は入学者が増えて、バウチャーによる予算が増える。逆に、人気のない学校は「もっといい教育をしなければ」と頑張るわけです。いい教育が何かを判断するのは受け手側ですが、21世紀型教育へのチャレンジが増えると思います。
前野 面白い制度ですね。
米倉 2017年に出版した『イノベーターたちの日本史』(東洋経済新報社)という本の中で明治期の政策について書きました。明治期の日本では、「クリエーティブ(創造的)」な政策を多く考えているんです。
例えば、侍の身分を有償撤廃しました。侍に支給されていた俸禄の数年分を合算し、利子をつけて侍に渡す代わりに身分を廃止したわけです。それを資本金に士族が起業したり、他の職業に転身したりすることを支援する政策も一緒に進めました。当時の侍はイノベーターの役割を果たしていて、実は「士族の商法」には成功が少なくないのです。工業化でも、最初は工場を官制でつくるけれども、競争入札で民間に払い下げて短期間に西洋の技術を移植していました。当時、よくこんなことを考えたなと思います。
今は、政策がクリエーティブではないですよね。教育について言えば、「無償化が答えですか?」と問いたい。「今の教育システムを温存して何かいいことはあるのか」と。どうせ無償にするのならば、新しい教育の取り組みを考えるイノベーターたちへのインセンティブが必要でしょう。逆に、今までと同じようなことをやっていると罰が与えられるような制度にしてもいい。だからバウチャー制なのです。
前野 なるほど。
米倉 教育とは別の話ですが、よく発泡酒の酒税を増税するという話が出てきていますよね。新しい範疇の商品を開発したら、ビールよりも税金が安くなるので安価に販売できる。消費者も家計が助かるし、たくさん売れれば企業も潤う。そう考えて一生懸命に企業は考えた。今や発泡酒は、企業努力でずいぶんと味が改善されて、ビールとほぼ同じですよ。そうしたら、増税するという話が出てくる。
これは「日本は、イノベーションを起こすな!」というメッセージになってしまいます。工夫した人にインセンティブやリワードを与えるようにしないと。教育も同じで、先ほどのバウチャー制はその一つの例です。
前野 そうですね。ただ、既存勢力の抵抗は大きそうです。
米倉 「バウチャー制を導入したら、学校が潰れるじゃないか」という人もいるでしょう。だから、潰れないように考えなさいということです。例えば、音楽大学を出ているようなピアニストが日本ほど多い国はあまりないと聞きます。でも、ピアノでご飯を食べられている人は少ない。保育士だって、免許を持っている人は多い。でも、持っているだけの人が多いので、世の中では「足りない、足りない」と言っている。
こういうところが、本来はイノベーションの苗床とならないといけない。宅配業者が「米アマゾン・ドット・コムの配達は、もうできない」と音を上げた時、アマゾンは「じゃあ、自分たちでやる」と言いました。我々は運送業者が足りないと思い込んでいますが、本当にそうなのかをきちんと検証した方がいいですよね。
引越しシーズンのピークは忙しいけれど、閑散期はどうなのか。ドライバーは本当に足りないのか。タクシー配車サービスの「Uber」と同じシェアリングの発想だったら、実は余っているんじゃないか…。そういうところにイノベーションは隠れていると思うんです。
前野 そうした新しいシステムは、新しい雇用も創出しますね。