井上 今、実証実験の途中でまだ結論は出ていないのですが、たぶんそうだろうなというのが、集中時間が長い人は自己肯定感があるということですね。要するに、集中しているのは幸せだという可能性が高い。ミハイ・チクセントミハイという心理学者が「フロー理論」という研究をしていて、集中の最たる状態をフローと呼んでいますが、今までは快楽や意義があるから幸せだったというのが、そんなのがなくても何かに没頭できていれば人は幸せであると。

 趣味なんて、まさにそうだと思うんです。趣味って、他人からしたら、快楽も意義もないように見えますが、本人にとってはそれに集中していることが幸せというか。だから、仕事についてもちゃんと集中して幸せになれる装置にしてあげればいいと思うんですね。働き方改革とかそれ以前に、自分が自分をちゃんと褒めてあげられる働き方ができるようにして、集中力を高められればいいわけです。

幸せを奪い合うのではなく生み出していく

野々上 仁氏
野々上 仁(ののがみ・じん)
ヴェルト 代表取締役 CEO。1992年に京都大学卒業後、三菱化成(現・三菱化学)に入社。配属された光ディスク部門にて生産管理・新規営業や製品企画を担当。インターネットの世界に魅了され1996年にサン・マイクロシステムズに入社。2010年のオラクルによる買収後は、日本オラクルにて執行役員およびバイスプレジデントとしてハードウエアの事業部門を指揮。2012年8月、次なるネットワークコンピューティングの世界に挑戦するため、ヴェルトを設立。2014年には「アップルウオッチ」に先駆けて日本発のスマートウオッチを発売。現在に至る。(写真:加藤 康)

野々上 今、「インスタ映え」といって、いかにInstagramに投稿したときに見栄えのする写真を撮れるかというのが若者のテーマになっていて、僕もSNSはやっていますし、ある程度は必要だと思いますが、そればかりになってしまうと人の評価ばかり気になって、絶対的な感覚というのが失われてしまうんですね。その乖離の部分が実際に出てきていて、いろいろな意味でむなしさを感じるというか。だから、快楽や意義だけではなく、自分のために没頭するというのはいいですね。

井上 人は年を追うごとに内的な幸せが大事になってくるんだと思います。例えば、子供の頃にサッカーを始めたのは楽しかったからとか、そんな理由のはずです。だけど、大成功してJリーガーになったら、ゴールを何点取ったとか、外的な評価が増えてくるんですよね。最終的に良い仕事をしている人って、そこからもう一度内的な方に戻ってきていると思うんです。「いいね!」が押されたら嬉しいとか、そういうのって過当競争というか、結局は奪い合いなんです、幸せの。内的な幸せって、奪い合いじゃなくて中から出てくるものなので、いくらでも生み出せるんです。この絶対的な幸せにみんなシフトした方がいいなと。

 僕なんかはまだその境地まで至っていないと思いますが、データを見てみると、集中するというのは誰かのためにやっているのではなく、単に良い仕事したなと思えればいいわけで。

野々上 自己達成感の部分と集中度がリンクしているんでしょうね。

井上 そこをうまくつなげるものを作りたいなと思っていますし、そこから自己肯定感も見つかるかもしれません。別に人から評価されるわけじゃないけど、自分はこういう仕事が好きだ、向いているんだと、それが分かっているだけで幸せというのは、すごくいい話だと思っています。

 集中するということに限らず、自分の感情に気付けていない人が意外に多いと思うので、そこに気付きを与えられるものになれればいいなと。最近は一種の宗教なんじゃないかと思うこともあって、宗教はそういう気付きを与える装置ともいえますよね。自分がどういう感情だったら幸せなのかという。それをIoTが教えてくれるんだったら、宗教を代替するものになり得るかもしれません。

野々上 すごいところまできましたね。手段として、IoTをそういうふうに使っている人はなかなかいないでしょうね(笑)。