スマートウオッチ(コネクテッドウオッチ)とその関連サービスを生み出した実績を持つ野々上 仁氏(ヴェルト 代表取締役 CEO)が、さまざまな分野の第一人者とIoTの本質について語り合う本コラム。今回の対談相手は、研究開発戦略などのコンサルティングを手掛け製造業の未来に関する著作も多い川口盛之助氏(盛之助 代表取締役社長)である。

 川口氏は、ウエアラブル機器の単純な性能競争には限界があり、いずれは脳とネットワークを直結させるようになると予言する。「役に立たないもの」まで含めたリアルをいかに再現するか、技術開発の余地はまだまだ多い。(進行・構成は高野 敦=日経 xTECH/日経エレクトロニクス)

今回はIoTの未来を占うべく、未来予測の専門家である川口さんをお招きしました。川口さんの近著『メガトレンド』でも、IoTやAR(拡張現実感)に関する話題がたくさんありました。

野々上 そうですね。クラウドネットワークが人間の脳に直接アクセスする「脳直結」などは、まさにそうなっていくのではないかと思いました。

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶應義塾大学工学部卒、イリノイ大学修士課程修了。技術とイノベーションの育成に関するエキスパート。技術開発戦略を文化的背景と体系的に紐付けたユニークな方法論を展開する。戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにおいて、アソシエート・ディレクターを務めた後に株式会社盛之助を設立。国内のみならずアジアや中東の各国の政府機関からの招聘を受け各種コンサルティングを行う。日経BP社 日経BP総研 未来研究所アドバイザーも務める。(写真:加藤 康)

川口 あれは、「攻殻機動隊」の受け売りみたいなところもありますが(笑)。

 とはいえ、IoTは人間が身に着けるものも多いですよね。そうすると、脳直結はある意味で必然だと思っています。人間が身に着ける機器は、安全性やそれを使う人間の能力の限界という観点から、性能を上げるだけでは価値を生みにくくなっていきます。単純な性能競争ではなく、人間の五感をどれだけ再現できるかという方向に向かうはずです。人間の能力のしきい値を超えてしまうと、価値になりません。「何億画素の液晶パネルができました」といわれても、人間の目の解像度を超えてしまっているわけですから。

 人間の五感でいうと、最もデジタルとの親和性が高いのは視覚です。その次は聴覚ですが、視覚に比べるとかなり神秘的になってきます。世の中には、配線だけで1m当たり数百万円もする超高級オーディオがあります。ビジュアルの世界には、そういうものはありません。頑張って1億画素の液晶パネルを作るような人がいないし、そんなニーズもないでしょう。ところが、これが聴覚の世界になると、1億円のオーディオセットを作る人や買う人がいるのです。嗅覚や味覚はもっと突き抜けていて、1本100万円もするワインを買う人がいくらでも存在します。

 つまり、視覚の世界で高性能化はレッドオーシャンまっしぐらですが、それ以外の世界は青天井なのです。だから、ソニーが総削り出しフレームの「ウォークマン」を作るのも自然の摂理といえます。ビジュアルに関しては、それこそ視覚情報を直接神経に入力するぐらいでないと、価値を生み出しにくくなってきています。五感のうち視覚以外の4つがブルーオーシャンとして残っていて、それらをエレクトロニクス的なもの、ビッグデータやIoTでどう再現し、そして対価を得ていくのかという話です。

野々上 視覚よりも聴覚というのは面白いですね。