スマートウオッチ(コネクテッドウオッチ)とその関連サービスを生み出した実績を持つ野々上 仁氏(ヴェルト 代表取締役 CEO)が、さまざまな分野の第一人者とIoTの本質について語り合う本コラム。今回の対談相手は、“研究開発型町工場”として伝統的な製造業に最先端のITを積極的に取り込む由紀精密の大坪正人氏(同社代表取締役社長)である。
デジタル化の波による日本のものづくりの地位低下がささやかれるが、大坪氏はソフトの進化に伴ってハードの重要性も高まると指摘する。デジタルデータをリアルに変換する過程にこそ大きな価値があるからだ。(進行・構成は高野 敦)
野々上 今回、大坪さんに対案をお願いしたいなと思ったのは、やっぱりものづくりですね。ものづくりがないとIoTも存在しないので。
本(「サービスのためのIoTプロダクトのつくり方」)でも書きましたが、ものづくりに長けた日本だからこそIoTをやる意味があります。その点、大坪さんの経営する由紀精密は、航空・宇宙や精密機器など国内外の仕事を手掛けていらっしゃいます。伝統的なものづくりの強さを持ちつつ、新しい取り組みを打ち出しているところが僕は素晴らしいと思っていまして、ご登場いただきました。
大坪 ありがとうございます。
野々上 もともとはスタートアップの支援イベントで初めてお会いしたんでしたっけ。
大坪 そうですね。メンターのような立場でご一緒して、野々上さんのプレゼンを聞いて、すごいなあ、かっこいいなあと思いまして、それからですね(笑)。時計を作っているのが素晴らしいと思って。
野々上 その後、工場をご案内していただきました。
大坪 いつか、ものづくりでご協力できないかなと思っていました。私自身は伝統的なものづくりの会社で、部品加工などをやっています。3代目の社長になります。
野々上 創業してどれぐらいですか。
大坪 68年です。私の祖父が創業して、私が継いだときにはねじを作っていたのですが、品質は良いといわれていても、これは将来なくなるだろう、枯れてしまうだろうという技術でした。
例えば、以前は公衆電話機の部品を作っていましたが、どれだけ高品質に作ったところで、公衆電話がなくなれば、部品加工の仕事もいずれはなくなります。
実際に公衆電話の仕事がなくなり、今度は技術を生かして光ファイバーのコネクターを作り始めましたが、量が増えると、もっと効率的に大量生産できる会社に移っていきました。そういう局面で私が入社して、これからどうしようとなったときに、品質が良いといわれているなら、航空や医療の分野に進出すればいいんじゃないかと。単純な理由ですが。
ただ、実際は思っていたよりも大変でした。日本のものづくりは優れているといわれますが、どこが優れているのかと聞かれると、説明が難しいですね。逆に、中国は品質が低いという人も多いですが、品質が高い会社も多いです。
野々上 そうなんですよ。
大坪 例えば欧州でも、スイスだからものすごくレベルが高いかというと、みんながみんなすごいわけではありません。一方、スペインに行ったら精密加工ですごい会社があって驚きました。だから、あまり国というフィルターで会社を見ないようにしています。
――スペインに精密加工のイメージはないですね。
大坪 そうですよね。スペインでそんなすごい精密加工をやっているとは思っていなかったので、自社を売り込むつもりだったのが、逆に「ごめんなさい」と言いたいぐらいでした。やっぱり国で判断してはいけないなと。