既に下腿義足のクラスでは…

 以下の表は、T43/44クラスとT42クラスの世界記録を示している。太字の記録は両足義足のほうが速いクラスだ。既に下腿義足のクラスでは、女子400m走を除くすべての短距離レースで両足義足の方が速い。

T43/44、T42クラス短距離走の世界記録
競技名 男子T43/44 女子T43/44 男子T42 女子T42
100m走 10秒57
Alan Oliveira
(2013年)
12秒80
Marlou van Rhijn
(2015年)
12秒11
Heinrich Popow
(2013年)
14秒61
Martina Caironi
(2015年)
200m走 20秒66
Alan Oliveira
(2013年)
25秒64
Marlou van Rhijn
(2012年)
23秒03
Richard Whitehead
(2016年)
31秒73
Martina Caironi
(2015年)
400m走 45秒39
Oscar Pistorius
(2011年)
59秒27
Marie-Amelie Le Fur
(2016年)
52秒61
Ntando Mahlangu
(2002年)
1分34秒62
Sarah Reinertsen
(1999年)

 T42クラスでは200m走や400m走のようにトップスピードが長続きするレースで両足義足が速いが、スタートダッシュが重要な100m走ではまだ片足義足の方が速い。女子では、まだ片足義足の選手の世界記録が残っている。これらの結果は最初は不利と言われていた重い障害の選手たちが、義足や走り方に工夫をしてきた努力の賜物である。

 既に終了しているリオパラリンピック陸上短距離種目の結果と義足の種類を以下に示す。例えば、2004年のアテネ大会では、100m走と200m走でOscar Pistorius選手(南アフリカ)がメダルを取得している以外、100m走、200m走、400m走の3位以内の選手はすべてT44クラスの選手であった。

リオパラリンピック陸上短距離走の結果と義足の種類
競技名 男子T43/44 女子T43/44 男子T42 女子T42
100m走 1位:Jonnie Peacock
2位:Liam Malone
3位:Felix Streng
1位:Marlou van Rhijn
2位:Irmgard Bensusan
3位:Nyoshia Cain
1位:Scott Reardon
2位:Daniel Wagner
3位:Richard Whitehead
1位:Martina Caironi
2位:Vanessa Low
3位:Monica Graziana Contrafatto
200m走 1位:Liam Malone
2位:Woodhall Hunter
3位:David Behre
1位:Marlou Van Rhijn
2位:Irmgard Bensusan
3位:Marie-Amelie Le Fur
1位:Richard Whitehead
2位:Ntando Mahlangu
3位:David Hadson
パラリンピック種目にはなし
400m走 1位:Liam Malone
2位:David Behre
3位:Woodhall Hunter
1位:Marie-Amelie Le Fur
2位:Irmgard Bensusan
3位:Norman Grace
パラリンピック種目にはなし パラリンピック種目にはなし
* 太字は両足義足のアスリート。男子200m走と400m走は5位までがT43クラス(両足義足)。女子100m走については、決勝終了後に追記した

 このように、12年たった今、技術とアスリートの進化によって、急激に競技の内容が変化しつつある。これはあくまで個人的な見解であるが、義足で走るには体の重量とそれを支えるより巨大な体幹周りの筋肉が必要となるので、両足義足で速く走るのは男子の方が向いているのではと推測する。

 昨今は、パラリンピック陸上種目の競技性向上と共に、競技の公平性も厳しく議論されている。例えば、ロンドンパラリンピックでは「T44クラスの200m走決勝で勝利したAlan Oliveira選手の義足が長すぎるのでは」という話題がニュースになった。

 もちろん、レギュレーションに沿った義足を使っていたにもかかわらずだ。また、T42クラスでは片足義足の選手が両足義足の選手に勝てないと感じ、走り幅跳びだけに集中する選手もでてきている。走りを見てみても、後半の走るスピードはどうしても同じ競技とは思えない。パラリンピック競技を見ていて面白いものにするためには、選手や観客の納得感も大事だ。

 リオパラリンピックも終盤に入り、陸上競技も残り少なくなってきた。義足種目はまだ以下のものが残っている。女子T44クラスの100m走(予選:日本時間9月18日0時24分~、決勝:同日8時31分~)には高桑早生選手と中西麻耶選手、T42クラス(予選:日本時間9月17日23時56分~、決勝:同18日7時52分~)には大西瞳選手と前川楓選手が登場する。メダルも大事であるが、義足の種類、片足か両足か、その走り方の戦略などにもぜひ注目していただきたい。

遠藤 謙(えんどう・けん)
Xiborg 代表取締役
遠藤 謙(えんどう・けん) 慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を勤め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。また、途上国向けの義肢装具の開発、普及を目的としたD-Legの代表、途上国向けものづくりビジネスのワークショップやコンテストを主催するSee-Dの代表も務める。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。2014年ダボス会議ヤンググローバルリーダー(写真:谷山 實)