ガスセンサー:腸内環境の把握や肺がん早期発見など、呼気の臭いで捉える

 人間の体調を把握するために、医療機関では様々なセンサーが使われている。そして、簡便かつ早期に体調の異常を発見するため、新たなセンサーの活用も進む。その一例が、ガスセンサーを使った呼気の分析である。人間の体調は呼気に現れる。病気や体内の状況によって発生するガスが呼気に含まれるからだ。症状によって生じるガスの種類が異なるため、呼気に含まれるガス種を分析すると体内で何が起こっているのかが分かる。こうした分析に産総研は挑んでおり、腸内細菌の活動状況や肺がんの可能性の定量化、歯周炎の検知を実証してきた。さらに、呼吸器疾患の検知に取り掛かっている。

ガスセンサーの開発を主導する、産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門 電子セラミックスグループ 研究グループ長の申ウソク氏
ガスセンサーの開発を主導する、産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門 電子セラミックスグループ 研究グループ長の申ウソク氏

 一部は実用化しており、企業などと連携して研究成果を積極的に事業に結びつけたい考えだ。産総研での開発はガスセンサーにとどまらず、ガスセンサーが検知するデータを解析して分析結果を出力するプログラムの開発も手掛ける。検知から分析に至るまでをそろえたソリューションの形で産業界に技術移転したいとする(産総研の相談窓口へのリンクはこちら)。

 産総研が取り組むガスセンサーによる呼気分析を使うことで、医療機関での患者を診断する効率が高まるという。医師が診断する前に、呼気分析で病気の可能性を把握し、スクリーニングしてから医師が診断すべき患者を特定できるからだ。家庭やオフィスでも定期的に呼気をモニタリングしておけば、健康管理や病気の早期発見につながる。

水素ガス量で分かる腸内環境

 産総研が腸内細菌の活動状況を把握するために用いるのが、水素センサーである。熱電変換と触媒燃焼を組み合わせた熱電式水素センサーであり、水素だけを高い感度で検知できるのが特徴である。これまでも呼気中の水素を検知する装置はあったが、今回は熱電式水素センサーを用いることで、従来は3~5分要した検査時間を30秒~1分に短縮できるという。

 産総研によれば、人間の胃と小腸で消化吸収できなかった食物は大腸まで到達し、それを大腸内の嫌気性細菌が餌にして分解されるという。それが嫌気性細菌の異常増殖を引き起こし、腸内環境の悪化につながってしまう。分解する際に発生する主なガスが二酸化炭素と水素であり、水素は体の血液を回って結局は呼気に含まれる形で口から外に出る。それを水素センサーで検知し、水素濃度を算出する。

 産総研によれば、呼気に含まれる水素濃度で健康状態・生活習慣が分かるという。こうした水素濃度との相関は、2年間でのべ834人のボランティアの呼気を分析することで導き出した。分析には、産総研がフィガロ技研と産総研発ベンチャーのNASTとの共同で開発した呼気水素検知器を用いた。

4種の揮発性有機化合物で肺がんを検知

 肺がんの検知に用いるのが、半導体式VOCセンサーである。このセンサーを使い、肺がんの存在によって出現する肺がんの目印(マーカー)となる物質を検知する。日本でがん死亡原因の第1位である肺がんは早期発見が難しい。産総研は呼気分析により、肺がんの早期発見につなげたいとする。

 半導体式VOCセンサーは、半導体材料の微粒子で構成された膜の電気抵抗値変化を読み取ることでガス濃度を検知する。揮発性有機化合物(VOC)分子が微粒子に到達すると、微粒子表面に吸着した酸素と反応して燃焼し、膜の抵抗値が減少する。逆にVOC濃度が低下すると大気中の酸素が微粒子に吸着して膜の抵抗値が増加する。この現象を利用し、VOC濃度を割り出す。産総研によれば、数ppbレベルのマーカー物質を検知できるという。

 産総研はVOC濃度から肺がんの疑いがあるかどうかを判別するプログラムも開発した。産総研は、肺がん患者107人と健常者29人の呼気ガス成分と濃度を計測して肺がんのマーカー物質の候補を見つけ、ガス種の組み合わせを見ることで肺がんかどうかの判定精度が高まることを見出した。その結果を基に、複数の半導体式VOCセンサーを使って複数のガス種を同時に検出したデータを解析する仕組みを開発した。解析の際には多次元のデータを2値に分類する機械学習アルゴリズムのサポートベクターマシンを用い、異常を自動的に検出・識別できるようにしている。

 産総研は、こうしたセンサーや分析・判定のアルゴリズムを用いた呼気VOC検出器のプロトタイプ機をフィガロ技研と共同で開発した。プロトタイプ機は、肺がんのマーカー物質の候補のうち4種類を検知する。ガスを検出する速度を高めるために、呼気を分析するチャネルを2つ設け、一方のチャネルで大きな分子量のマーカー物質を、他方のチャネルで小さな分子量のマーカー物質を検知するようにした。

歯周炎の有無を判定

 歯周炎の検知に用いるのが、V2O5/WO3/TiO2系のn型酸化物半導体微粒子を用いたガスセンサーである。悪臭の原因であり、歯周炎を患ったときに生じる硫化水素(H2S)やメチルメルカブタン(CH3SH)を数十ppbレベルから検知できるのが特徴である。V2O5/WO3/TiO2系ガスセンサーは350℃で動作させる。高温にすることでガスを検知した際の応答速度を高めている。

呼吸器疾患の検知に向けて高精度のセンサーを開発、次のステップは装置開発

 呼吸器疾患の検知に向けて、産総研が研究開発を進めるのがp型酸化物半導体を用いたガスセンサーである。酸化コバルト(Co3O4)粒子にパラジウム(Pd)や白金(Pt)を組み合わせた材料で、呼吸器疾患のマーカー物質である一酸化窒素(NO)を数十ppbレベルで計測できる。ガス検知の応答性を高めるために、センサーを200℃に熱して動作させる。

 まだ装置の開発には至っておらず、産総研は企業と連携して進めていきたい考えである。

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