フィルム状近接センサー:人の動きや呼吸を非接触で検知

 IoT社会では、あらゆる箇所にセンサーが設置されるようになる。センサーで人間の生体情報をモニタリングし、体調管理などに生かすケースは今後増えていくだろう。センサーで人間の体調を管理するとき、課題になるのが「センサーで監視されている」と人間に意識させないこと。こうした課題解決につながるセンサーの1つとして、産総研が開発するのがフィルム状近接センサーである。

 産総研が開発したフィルム状近接センサーは、人の動きや呼吸を非接触で検知するもの。静電容量型のセンサーであり、センサー表面から最大100mm離れた位置にある人間などの導体を検知できる。センサー表面から発する電気力線は一般的な床材やベットマットなどで遮蔽されず、タタミや布団の下にフィルム状近接センサーを敷くだけで利用できる。これにより、タタミや布団の上に横たわる人間の寝返りといった動きや呼吸が分かる。人間がセンサーに直接触れたり、センサーがあることで寝心地が変わったりすることがないため、精神的や肉体的な負担をかけることなく人間の生体情報をモニタリングできるのが特徴だ。介護対象者や入院患者、独居者、乳幼児の見守りだけでなく、睡眠時無呼吸症候群の診断などにも効果的とする。

[画像のクリックで拡大表示]

 非接触で人間を見守る手段として、カメラでの撮影や、マイクロ波など電波によるドップラーセンサーでの計測などがあった。前者は撮影情報のデータ容量が大きくなる、プライバシーの問題が指摘される、カメラを意識するあまり被験者が普段と違う行動をとるといった問題があった。後者は電波が対象物に当たるように設置することが前提のため、ベッドの配置換えなどがあるとドップラーセンサーの設置位置を変更したり、ビーム照射方向を調整したりといった専門的なスキルが必要だったという。フィルム状近接センサーを用いることで、こうした問題は回避できると産総研は説明する。

わずかな体の動きも検知、呼吸の有無や頻度が分かる

 フィルム状近接センサーのセンサー素子は、フレキシブルなフィルム基板の表面と裏面に面積の異なる円形電極を設けた構造を採る。電極面積を表裏で変えることで、電気力線が電極間の外側にも張り出すようにしている。張り出した電気力線に導体(人間など)が近づくと電極間の静電容量が変わり、さらにセンサーと導体の距離に応じて静電容量も変化するので、変化の状況を解析することで導体がセンサーに近づいているのか、離れているのかが分かる。

[画像のクリックで拡大表示]

 例えば、フィルム状近接センサーを人間が横たわる範囲の床下に敷いておくと、人間がどの位置に横たわり、どのように位置が移動しているのか(寝返りしたのか)を判断可能だ。さらに人間が呼吸する際に生じる体のわずかな動きも検知でき、センサーの出力信号に表れる3~4秒程度の周期的な変動を見ることで呼吸の状況を把握することも可能である。

[画像のクリックで拡大表示]

検知範囲は電極構造で変更可能、検知精度向上にも取り組む

 試作したフィルム状近接センサーは、120mm×120mm程度のフィルム基板にセンサー素子を3個形成したもの。センサー素子を複数個並べて形成しておくことで、人間などの導体がフィルム状近接センサーの側面方向のどこから近づいてきた(離れていく)のかが分かるようになる。広い面積を検知する場合は、これを複数毎、タイル状に並べておけばよい。センサー素子は数V、あるいはそれ以下の交流電圧で駆動でき、消費電力はμWレベルとする。センサー素子の電極は、導電性インクを産総研が開発したスクリーンオフセット印刷で作製した。印刷技術を利用しているので、広い面積にわたって容易に電極形成できる。

 今回、フィルム状近接センサーは最大100mm離れた位置にある導体を検出できるようにしている。これは、タタミや床材の下にセンサーを配置することを想定して決めたものである。利用状況によっては、100mm以上離れた位置を検出する必要があるだろう。産総研によれば、そのような場合はセンサー素子の電極面積や駆動電圧を変えることで対応できるとする。

 産総研は今後、フィルム状近接センサーの検出精度を高めるために、センサー素子近傍に高精度のA-D変換器を設置できるようにする予定。現在はセンサー素子からの電気信号は電極につながる長い配線を伝って信号処理装置に入力している。電気信号は微弱なアナログ信号であり、信号処理装置に伝わる過程でノイズの影響を受けやすい。センサー素子近傍に高精度のA-D変換器を設けて電気信号を早期にデジタル化し、問題解決を狙う。

サービス展開を前提に実証実験に取り組む、ビッグデータ解析も活用へ

 フィルム状近接センサーの開発は産総研のフレキシブルエレクトロニクス研究センターと知能システム研究部門、島根県産業技術センターが進めている。フィルム状近接センサーだけでなく、集めた測定データの解析システムも開発しており、解析結果から事故や病気の予兆を捉える技術の確立を目指す。その第1歩として、島根大学医学部附属病院で実証実験を進めている。さらに、企業などと連携して実用化に結び付けたいとする(産総研の相談窓口へのリンクはこちら)。その際、センサー単体ではなく、センサーと解析システム、同システムを使った見守りや診断サービスをセットにしたい考え。

 産総研はサービスの開発において、寝返りや呼吸といった人間の動きの検知にとどまらず、人間の詳細な状態を把握することにも取り組むという。多くの被験者をフィルム状近接センサーで計測した情報をビッグデータ解析し、実際に被験者に起きた事象と突き合わせるなどして人間の詳細な行動を把握する、異常発生を予兆するといったことにも挑む予定だ。

フィルム状近接センサーを開発した研究チームの主要メンバーである、産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター 主任研究員の野村健一氏(前列左)、同センター副研究センター長の牛島洋史氏(前列右)、同センター 研究員の金澤周介氏(後列左)、同センター特別研究員の堀井美徳氏(後列右)。
フィルム状近接センサーを開発した研究チームの主要メンバーである、産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター 主任研究員の野村健一氏(前列左)、同センター副研究センター長の牛島洋史氏(前列右)、同センター 研究員の金澤周介氏(後列左)、同センター特別研究員の堀井美徳氏(後列右)。
産総研のセンシング技術に関する説明資料のダウンロード希望はこちら