産総研がホームドクターに、困ったときは相談を

――地質図Naviで公開されるデータはいろいろとあります。例えばシームレス地質図で確認できる地質は詳細に区分されています。詳しいことまで確認できますが、「どこが揺れやすい」といった地質の違いを読み取り、様々な地質情報を総合的に評価するのは専門家でないと難しいのではないでしょうか。そのあたりの専門家の判断を、産総研に仰ぐことは可能ですか。

斎藤氏 可能です。自治体での例で言えば、活断層の調査を地質コンサルタントに依頼して行う場合がありますが、産総研はその結果を評価する役割を担う場合がよくあります。また、自治体などが行う調査の場合に、地質コンサルタントのコンサルタントとしてサポートすることもあります。自治体側に調査結果を理解し、かつ妥当性を判断できる人材がなかなかいませんので、我々が協力し、第三者として科学的な評価をする、ということができるのです。

 こうした構図は自治体に限りません。民間企業から産総研にこうした役目を依頼された事例はまだ少数ですが、産総研として地質についての評価依頼を民間企業から受けることは可能です(産総研の相談窓口へのリンクはこちら)。民間企業にとって、産総研は地質についての“ホームドクター”に成り得ます。

――専門家でないと判断しにくいところとして、どのような箇所がありますか。例えば、活断層の有無は比較的分かりやすいですが、先ほど紹介のあった異なる地質の境界の影響をどのように読み取るのかは難解です。

藤原氏 例えば、台地は海岸の低地よりも地盤が良くて地震に強いと一般には考えられていると思います。しかし、必ずしもそうとは言い切れません。断層活動の繰り返しで地面が隆起し、その結果台地となった場所もあるからです。直近で断層が動いて地震が起きると、強い揺れや地面の変形といったことが起こります。自然災害の起こりやすさは、地質図を見て、専門家が分析してみないと分からないところが多々あります。

斎藤氏 大阪の都心部の東側にある上町台地を例に上げましょう。大阪城は、上町台地の北側に位置します。ちょうどNHKの大河ドラマ「真田丸」が放映されていたので、上町台地という言葉を聞いたことがある人は少なくないと思います。この上町台地の両側には活断層があり、上町台地は活断層によって隆起して形成されたと考えられています。そして上町台地の東西の低地はとても軟らかい地質であり、しかもその軟らかい地層が地面深くまで広がっています。地下構造のデータを活用すると、こうした場所に建てられた高層ビルがどのような周期の地震動によってどのように揺れるのかが分かってきます。

大阪都心部の20万分の1日本シームレス地質図に活断層データベースのインデックスマップ(赤線)を重ねたもの。中央部の黄緑色の箇所が上町台地。上町台地の上端に大阪城の堀が見える。上町台地の両側に上下(南北)方向に活断層が延びる。
大阪都心部の20万分の1日本シームレス地質図に活断層データベースのインデックスマップ(赤線)を重ねたもの。中央部の黄緑色の箇所が上町台地。上町台地の上端に大阪城の堀が見える。上町台地の両側に上下(南北)方向に活断層が延びる。
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 活断層は、有無だけでなく、活動履歴も考慮すべきです。仮に、自社の施設近傍に活断層があったとしても、その活断層がいつごろ動いたのかを踏まえておけば、次に活断層が動く時期をおおまかに予測し、リスク管理に盛り込んでおくといったこともできます。

藤原氏 地質図は一見すると2次元で表されています。実は地質図は地層の傾斜や地形も考慮して深さ方向の地質の分布も分かるように3次元的な思考で作成しています。地質図に表される区分は植生や土壌を剥ぎ取った地表の地質の状態ですが、この区分の分布を我々専門家が見ると、地下でどのように異なる地質が重なっているのかが推測できます。例えば、トンネルを掘削するとき、どのような区分の地質が順番に表れてくるのかを予想可能です。

 地質からリスクを読み取るというと、とかくネガティブな印象が強くなりがちです。しかし、あらかじめ危険性の有無を踏まえておき、その準備を進めておくという前向きな活用に地質図を使えるはずです。

――工場立地を考えるときに、地質について第三者的な意見を求められる専門家が身近にいるのは貴重です。地質図Naviには、元素分布をシームレス地質図にオーバーレイ表示することも可能です。これにより、ヒ素(As)や水銀(Hg)、クロム(Cr)などの元素が、人工的な汚染ではなく自然由来としてどの程度存在しているのかも分かります。一部の地域については、より詳細な土壌の化学組成マップも出版しています。

藤原氏 企業にとって、元素の分布情報も考慮しておくのは有効でしょう。工場設置やインフラなどの敷設後、周囲の土壌や水質を調査して特定の元素が検出されたとき、それが汚染によるものなのか、それとも元来そのような元素が多く含まれる土地なのかを判別できます。そもそも、こうした土地を避けて工場などを設置する策も採れます。

クロム(Cr)の分布をシームレス地質図に表示させた例。赤みが増すほど、高い濃度であることを示している。
クロム(Cr)の分布をシームレス地質図に表示させた例。赤みが増すほど、高い濃度であることを示している。
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