北島・入江のフラット姿勢が理想

 泳ぐときの姿勢は、タイムに大きく影響する。競泳選手の中でも、理想的な姿勢で泳いでいるとされるのが、アテネ五輪・北京五輪の金メダリストである平泳ぎの北島康介氏、そしてリオ五輪に出場する背泳ぎの入江陵介氏だ。浮力の中心となる浮心と重心が常に一致しており、フラットな姿勢を保てるという。多くの人は、へそをはさんで浮心が上に、重心が下にずれているため、泳ぐときに下半身が下がりやすい。普段は理想的なフラットな姿勢で泳ぐトップアスリートでも、疲れてくると下半身が下がりやすい。これにより前方からの水の抵抗が大きくなるため、タイムが遅くなる一因になると考えられている。

重心と浮心のずれにより下半身は沈みやすい(左図)。「ゼロポジション」着用により、抵抗の少ないフラットな姿勢を可能にする(右図)。
重心と浮心のずれにより下半身は沈みやすい(左図)。「ゼロポジション」着用により、抵抗の少ないフラットな姿勢を可能にする(右図)。
[画像のクリックで拡大表示]

 現在、フラットな姿勢を維持しやすくするという試合用水着の開発に水着メーカー各社はしのぎを削っている。一方、山本化学工業はフラットな姿勢の維持にはトレーニングが必要との発想から練習用ウエアを開発した。同社が2010年に発売した「ゼロポジション」シリーズは、通常の水着よりも大きな浮力を持つスパッツ型の練習用ウエアだ。水着の上から着用することで浮心の位置を下げることで重心と浮心の位置を一致させ、下半身が下がりやすくなるのを防ぐ。練習の前半では着用し、後半では着用しないで泳ぐトレーニングを繰り返すことで、「自転車の補助輪を外したときのように、着用しない試合中にも最適な姿勢を保てるようになる」(山本化学工業 代表取締役社長の山本富造氏)という。

注)各社が「練習用水着」を販売しているが、主に対塩素性を高めるなど耐久性の高さが特徴のもの。水を含みやすい生地を使い、水着を重くすることで泳ぐ際の負荷を高める「抵抗水着」もある。今回の製品のような発想の水着は珍しい。

アンチ派研究者が一転、開発に協力

 開発に協力した大阪経済大学人間科学部教授(当時は、びわこ成蹊スポーツ大学 競技スポーツ学科教授)の若吉浩二氏は、もともと「アンチ高速水着」派の研究者だった。過去に水球選手として活躍した若吉氏は、2008年に話題となった山本化学工業の水着の性能に疑念を持ち、自ら他社の水着との比較実験を行った。結果は予想に反して、現役時代を上回る自身の最高記録。逆に同社の技術にほれ込み、「ゼロポジション」の共同開発を始めるに至ったという。水中の体の浮力・重力分布の測定結果を基に試行錯誤を重ね、素材や厚み、生地の面積を決めていった。初めは体に巻き付けるベルトのような形状を想定していたが、最終的には着用時に違和感のないスパッツ形状とした。