米国では近年、スポーツにおける「脳振とう」とそれに起因する障がいが社会問題となっている。問題の主役は、選手同士の激しいぶつかり合いが多いアメリカンフットボールだ。

 2016年4月、米プロアメリカンフットボールNFLの元選手5000名以上が、「脳振とうが長期的に脳機能に与える影響を不当に隠匿し、選手を保護しなかった」としてNFLを相手取って起こした集団訴訟が和解に至った。NFLは引退後に、脳疾患を患った選手やその家族に対して、総額10億ドルもの巨額の補償金を支払うことで合意したのだ。

 ところが、こうした“歴史的な事件”を経ても、脳振とう問題の根本解決への道筋は見えていない。そんななか、関係者をさらに震撼させる調査結果が2017年7月25日に発表された。米国医師会雑誌(JAMA)が元アメフト選手の脳を調査したところ、驚くほど高い確率で「慢性外傷性脳症(CTE)」が発見されたのだ。

 CTEは脳振とうなどの脳障害を繰り返し起こすことが原因で、「タウ」と呼ばれるタンパク質が異常な構造に変化して脳内に蓄積し、記憶障害や認知障害、抑うつなどの進行性の症状を引き起こす病気だ。

 2002年に急死したNFLの元名選手の脳から発見され、注目されるようになった。今回の調査はボストン大学のCTEセンターでディレクターを務めるアン・マッキー博士などの研究チームが、高校、大学、プロでフットボール選手だった故人202人から脳の寄付を受け、CTEの有無を調べたものだ。

 その結果だが、202人中177人、実に87%の脳からCTEの病変が発見された。しかも、元NFL選手111人の場合は110人で実に99%。プロカナディアンフットボールCFLの元選手も8人中7人(88%)、大学で53人中48人(91%)と高い確率で脳内にCTEを発症していた。高校の場合は14人中3人と、21%だった。

 マッキー博士は米CNNに対し「アメリカンフットボールに問題があるのは間違いない。選手には、この疾患のリスクがある」とコメントしている。

ワシントン大学発の革新的ヘルメット

 脳振とう問題への対策の難しさは、単にヘルメットをかぶって頭部への衝撃を緩和すれば回避できるものではない点などにある。たとえヘルメットを着用していても衝撃による脳の揺れは防げず、それが繰り返されると組織や血管を傷つけて脳損傷の原因になるとの指摘もある。

VICIS社が2017年に発売した、アメフト用ヘルメット「ZERO1」。柔らかい素材でできたアウターと、自在に伸縮する中間レイヤーなどの新しい構造を持つ。従来のヘルメットより安全性が高いと主張する(写真:VICIS社)
VICIS社が2017年に発売した、アメフト用ヘルメット「ZERO1」。柔らかい素材でできたアウターと、自在に伸縮する中間レイヤーなどの新しい構造を持つ。従来のヘルメットより安全性が高いと主張する(写真:VICIS社)
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 こうしたなか、脳振とう対策の面で大きな進歩を促す、と期待を寄せられている新興のヘルメットメーカーがある。シアトルに本拠を置く米VICIS社だ。同社は今年、これまで以上に安全性が高いと主張する、新型のヘルメット「ZERO1」を発売した。

 VICIS社が誕生したきっかけは、地元のワシントン大学が主導する「頭部健康アイデア・コンテスト・プログラム」だった。共同創設者で同大学の脳神経外科教授を務めるサム・ブロード博士が中心となり、機械工学教授などがヘルメット開発のためにスピンオフして2014年に起業した。

 その後、同社は3年間で2000万ドルの研究費を投じて開発し、ZERO1の発売にこぎ着けた。もちろん、その道は平坦ではなく、2016年にワシントン大学とオレゴン大学のアメフト部がテスト導入したものの、顎のストラップの取り付け位置など使用感が悪く、使用が中止されることもあった。そうしたトライ・アンド・エラーを経て製品化に至った。