微細加工に必要なテクノロジーインフラを普通の町工場が構築

 入曽精密が世界最小の0.1mm角のサイコロの製造に取り組んだ理由は、同社の斎藤社長いわく「一般的などこにでもある、普通の町工場の環境での工作機械の中で、できることを実証してみたかった」ということです。そして前回お伝えした通り、さまざまな測定器や治具、そしてハンドリングシステムを開発することにより、自ら微細加工領域におけるテクノロジーインフラを構築することで、世界最小の0.1mm角のサイコロ製造に成功したのです。

 こうした一連の取り組みの中で明確になったことは、いわゆる「微細領域」での加工、言い換えれば肉眼で確認することが困難になる0.3mmよりも小さなサイズの加工領域においては、一般のサイズの加工領域とは全く異なる技術的課題が発生する、ということです。実際、工具径が1mm以上であれば切削加工における挙動の大半が理論的に解明されている半面、工具径が1mm未満になると加工諸条件の設定も含めて、挙動の9割が解明されていないといわれています。

 しかし、そうした技術課題を、入曽精密は前述のようなテクノロジーインフラを自ら構築することで乗り越え、0.1mm角のサイコロを製造することができたのです。

「我々は資材部門に騙されていた」

 また、同時に分かったことは、従来の技術的な常識に囚われたままの大手企業開発エンジニアの存在です。

 「日経ものづくり大賞」の受賞や、世界最小のサイコロを製造したことでメディアでも頻繁に取り上げられるようになった入曽精密には、数多くの大企業からも企業視察が相次ぐようになりました。そうした中で、ある某大手電機メーカーの設計者が次のような発言をしたのです。「我々は資材部門に騙されていた」と。その某大手電機メーカーでは資材部門の権限が強く、設計部門が単独でサプライヤーにコンタクトを取ることが固く禁止されていました。不用意に取引先を増やすことを防ぐためです。

 その設計者は資材部門に、「こういう微細な加工ができるサプライヤーはいないか?」と依頼をかけたところ、資材部門からは「絶対に不可能」との回答があったといいます。ところが入曽精密に来て見てわかったことは、従業員14人の普通の町工場が、普通の環境と普通の設備で「絶対に不可能」と言われた微細加工を行っていた、ということです。「これで設計の幅が広がる」と、そのエンジニアの一行は驚くと同時に喜び、同社を後にしたといいます。

 この一件もあり、同社の斎藤社長は考えました。「自社が確立した微細加工のテクノロジーインフラをもっと世の中に広げることができれば、微細加工がもっと世の中に定着するのではないか?」と。