ワールドテック 代表取締役、元デンソー設計開発者 寺倉 修 氏
ワールドテック 代表取締役、元デンソー設計開発者 寺倉 修 氏
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 2016年5月末、火星が地球に最接近した。今もその距離はほとんど変わらないようだ。その火星で、米航空宇宙局(NASA)が2004年に送り込んだ探査車「オポチュニティー」が、「着陸から12年経つ今も活動を続けている。移動距離はマラソンの42.195kmを昨年に越えた」(同年6月12日付日本経済新聞)。淡い紺色の空と褐色の荒れ地を背景にした探査車の想像図から、着陸当時は少し先の窪地まで移動できるか心配されていたことを思い出した。頭の片隅に埋もれていた記憶が一気に蘇った。

 宇宙に思いを馳せて悦に入っているわけではない。実は、この「記憶を呼び戻すこと」が、品質不具合の未然防止に大いに関係すると言いたいのである。

 言うまでもなく、技術的な知見やノウハウがなくてならない。製品の強度保証一つを取り上げても、市場ストレスの把握や、ストレスに耐える構造の検討、強度計算、試作・試作品の評価など、実に多くの要素作業ごとの知見やノウハウが必要だ。

 だが、それにも増して重要なものがある。品質不具合の経験だ。その経験から学んだ知見は、企業が創業以来積み上げてきたオリジナルのものだ。品質不具合の対策には費用が掛かる。数百億円、いや数千億円の費用を支払ってこの知見を学んだ企業もあるだろう。

 にもかかわらず、この価値ある知見を今の仕事に活かせず、品質不具合を繰り返してしまうという話をよく聞く。実にもったいないことだ。

 数年前、米国でアクセルペダルが戻りにくいというトヨタ自動車のクルマを対象としたリコールがあった。その原因の1つは、結露水だった〔「不具合連鎖」(日経BP社、2010年)〕。2枚のガラス板の間に水膜があると剥がれにくくなる。これは誰もが一度は経験したことがあるだろう。その記憶を呼び覚まし、この不具合の原因として取り上げることができていれば対策が取れたはずだ。筆者はこれまでに1000人以上の技術者に、件(くだん)のアクセルペダル不具合の原因について問い掛けてきた。だが、結露水だと回答した人には未だに会っていない。

 製品が異なり故障現象が違っていても、原因は同じである場合が多い。だが、今、過去の故障経験を思い出せる技術者が少ない。そうした経験すら思い出せないのに、そこから得た知見を思い出せないのは当然だ。仮に思い出しても、見かけの故障現象が異なると、今の仕事に結びつけることは難しい。工夫が必要だ。具体的には知見を残す工夫、および、残したものを活用する工夫、この2つである。