可視化で作戦と気持ちに具体性

 連携協定には、もう1つの狙いがある。2年後、3年後に相次いで開催されるスポーツのメガイベントに向けた盛り上がりの機運を創出していくことだ。

GPSデータによる試合中の動きの可視化
GPSデータによる試合中の動きの可視化
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ドローンで撮影した動画で説明する太田氏
ドローンで撮影した動画で説明する太田氏

 港北区は、日産スタジアム(横浜国際総合競技場)を抱えている。同スタジアムは、2019年に開催されるラグビーワールドカップ(W杯)決勝の舞台であると同時に、2020年の東京五輪のサッカー会場としても予定されており、2002年に開催された日韓サッカーW杯の決勝会場でもあった。

 「港北区は、世界の3大スポーツ大会の全てを経験することになる。全国に20市ある政令指定都市の行政区の中では人口や出生数でトップだが、高齢化や老朽インフラなどの社会課題も抱えています。科学技術やイノベーションによって区民の幸福感・満足度の最大化に向けて慶應大学との取り組んでいきたい」と、港北区長の横山日出夫氏はスポーツによる地域活性化に期待を寄せる。

 「(グラウンドの)全体に広がる」「(パスをもらえるように)声をたくさん出す」「キックを使ってみる」など、グラウンドで試合に臨む前のワークショップでは児童たちがパフォーマンスを高めるためのアイデアをふせん紙に書き出し、メンバーで話し合いながらチームごとの作戦に落とし込んだ。

 試合後の振り返りでは、ドローンで上空から撮影した試合中の俯瞰動画や、GPSデータによる動きの軌跡によるチームの動きを、目を輝かせながら見る児童たちの姿があった。

3日目の試合では、各項目で児童の平均パフォーマンスが向上した
3日目の試合では、各項目で児童の平均パフォーマンスが向上した
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 では、スポーツデータによる可視化の成果はどうだったか。3日目の授業の試合では、GPSで計測した参加児童平均の最大速度や、ダッシュ回数など、目標とした数字が軒並み伸びた。

 「みなさんの体力が3日間で向上したわけではなく、きちんと作戦を立てたことと、(走ろうという)気持ちを持ったことで数値が大きく変わりました」と、太田氏は実測した数字を見せながら授業を受けた児童たちに説明した。冒頭の「日本代表や慶應ラグビー部でも生かしていく」という言葉は、この成果を受けてのものだ。

最先端の「スポーツ×IT」、体験の輪を広げる

 今回の授業を見守った日吉台小学校の石坂由美子校長は、「スポーツデータの科学的な活用の効果を見せてもらいました。学校では指導する時にたくさんの言葉で説明してしまいがちですが、可視化によって短い言葉でも子どもたちはきちんと行動に移していた。こうした取り組みを、子どもたちにとって良い環境を整えていくことにつなげていきたい」と、教育現場での気付きについて感想を話す。

 2017年11月4日には、日産スタジアムでラグビー日本代表とオーストラリア代表「ワラビーズ」のテストマッチが開催される。SDM研究科の神武准教授は、「この試合に合わせて、今回の取り組みの対象を親子に広げたスポーツデータサイエンスのイベントを開催したい」という。

 今回の授業で最先端の「スポーツ×IT」に目を輝かせた子どもたちの体験が親たちに、そして港北区民、横浜市民…と輪を広げていく。トップアスリートを育てる「先進」と、市民レベルの「草の根」の融合は、メガイベントの先を見据えたスポーツ産業の拡大やスポーツ文化の醸成で大きなカギとなりそうだ。