米国と欧州、スポーツ文化の違い
ここで言いたいのは、どちらが優れているかという話ではありません。どちらも、最高のカスターエクスペリエンスを提供するために頭を使い続け、すごく高いレベルで競っているということです。この水準の議論が、残念ながら日本にはまだありません。
例えば、Jリーグ・ガンバ大阪の本拠地として建設された「吹田スタジアム」は、寄付金を利用した資金調達手法や、芝の育成の素晴らしさ、ピッチと近い観客席などが話題です。実際、サッカーを“観る”という点では及第点でしょう。
でも、グローバルスタンダードのスタジアムと比べると、大きな隔たりがあると言わざるを得ません。まず、スタジアムが街の中にない。専用駐車場も少なすぎる。スタジアムから近い場所にショッピングモールがあるのに、直結する橋がないのでかなり遠回りして行かざるを得ない。Wi-Fiは設置してありますが、現状は多くの観客が一斉に使うとほとんどつながりません。スタジアム内にエンターテインメント性の高いショップは少なく、外側を含めて高いカスタマー・エクスペリエンスを提供しようという環境とは程遠いのが実情です。日本でグローバルスタンダードと呼べるスタジアムは、プロ野球広島カープの本拠地「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム 広島」くらいでしょう。広島カープがスタジアムで上げた収益をもとにチーム力を強化し、強豪へと生まれ変わりました。スタジアム改革が魅力あるチームビルディングにとって最大の要因になるのでしょう。
米国のスタジアムでスーパーボウルのようなビッグイベントが開催されると、試合開始の4〜5時間前からスタジアムに人が集まって来て、1日中宴会をしているような盛り上がりを見せます。試合が始まる前から延々と飲み続けている。スーパーボウルのようなビッグイベントではなくても、スタジアムの周辺でバーベキューなどを楽しむ「テールゲートパーティー」は日常的に行われています。それができる環境をスタジアムだけでなく、周囲の街全体を含めて行うことが、高いカスタマー・エクスペリエンスの提供につながります。
昨年11月にスペインのレアル・マドリードの試合を観戦するために訪れた「エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウ」(レアル・マドリードの本拠地)は、米国とは違っていました。
私は試合が始まる1時間ぐらい前から楽しもうとスタジアム入りしたのですが、満席には程遠い状態。サンティアゴ・ベルナベウは収容人数が8万1044人のサッカー専用スタジアムで、ダウンタウンの中という、良い立地にあります。ですから、周辺にはそれなりにお店がありましたが、スタジアムに入ってしまうと何もない。観戦したVIPルームもたいしたことはなく、試合が始まるまでスタジアムは全然盛り上がりません。ギリギリまでスタジアムの外のバーで飲んでいるサポーターも多いようで、試合開始の15分前ぐらいになってやっと満員になりました。
ところが、試合が始まると雰囲気は一変。スタジアムにいる全員が試合観戦に集中して、プレーの1つひとつに「ゴーッ」という地鳴りのような大きな歓声が起きます。スタジアムと観客が一体化しているのです。
一番驚いたのは、前線にボールが蹴られた時に、いきなり8万人の観客が「あー」と大きなため息をついたことでした。私は何が起きたのか分からなかったのですが、その直後に副審が旗を上げたんです。オフサイドでした。副審の旗が上がる前から観客の怒りがすさまじくて(笑)。本当にみんなサッカーを愛して、解説者並みにサッカーをよく理解している。ただ、試合が終わったら一目散に帰る。米国と欧州のスポーツ文化の違いを感じました。
しかし、今や欧州のスタジアムでも、最高のカスタマー・エクスペリエンスを提供するために、米国と同様のエンターテインメント性を取り入れる動きが出てきています。例えば、FCバルセロナの本拠地「カンプ・ノウ」の改修設計を日建設計が請け負うことになりました。今後、米国型で観戦前後を含めた最高のカスタマー・エクスペリエンスの提供を目指すスタジアムの開発が始まるのではないかと見ています。
あの盛り上がっている欧州のサッカーですら、まだまだ伸び代があるということでしょう。だから、日本はもっともっと大きく伸びる余地がある。極上のカスタマー・エクスペリエンスにより「楽しかったな、来てよかったな」と思ってもらえるように運営・演出を変えていかなければなりません。
私たちが将来建設予定のいわきFC専用のスタジアムは、最高のカスタマー・エクスペリエンスを提供できる空間にします。いわきFCパークは、その前哨戦なのです。
(談、構成は上野 直彦=スポーツジャーナリスト)