そこに来るだけの特別な「何か」

 本当に大切なことは、顧客である観戦者が喜ぶ施設にスタジアム・アリーナを変えていくこと。スタジアム・アリーナのエンターテインメント性を高めれば、2度、3度とリピートしてくれるでしょう。そうしてスタジアム周辺でお金を使ってもらえれば、それが最終的にアスリートに回っていきます。シャワールームを豪華にするのと、どちらが本当のアスリート・ファーストでしょうか? 答えは明白です。

 だから、スタジアム・アリーナ改革で重要なことは、ファンに最上のエンターテインメントを提供する「カスタマー・ファースト」なのです。それこそが本当の意味でのアスリート・ファーストにつながる。お客様であるファンの満足度を高め、ファンを増やすことでアスリートにお金が還元されます。それはアスリートの悩みを解決することにつながり、結果としてスポーツ産業が活性化し、スポーツ文化が醸成されていく。これらは、全て紐付いていることなのです。

 今は、エンターテインメントを選ぶ時代です。特に東京のような大都市では、スポーツの他にもエンターテインメントなんて山のように存在しています。加えて、スポーツを楽しむにしても、野球やサッカーを観るためにわざわざスタジアムに出掛ける必要はないわけです。「スポーツ観戦は、テレビやスマホで十分でしょ?」と、家でポテトチップスでも食べながら観ればいい。その方が快適だったりするわけです。わざわざスタジアムやアリーナに足を運んでもらうためには、そこに来るだけの特別な「何か」が必要です。

 実際に観戦して「すごい!」と感じたり、楽しさでワクワクしたりといった最高な体験がなければダメで、それをいかに最大化するかについてひたすら頭をひねらなければいけません。しかも、これからの時代は、スタジアムやアリーナが街づくりの中心であることが必須になっていくでしょう。

 もし、スタジアムがポツンと郊外に建っていて、周囲に何もなかったら、野球に興味がないお母さんは一緒に来てくれるでしょうか。一方で、スタジアム近くのホテルでエステを受けられる環境があったらどうでしょう? お父さんは子どもと野球を観て、試合が終わった後に合流すれば、エステを受けたお母さんはご機嫌でしょう。そうなってくると、せっかく外出したのだから家族で食事をする場所もなければダメで、おしゃれなレストランがあった方がいいですよね。

 街の中心にスタジアムやアリーナがあって、レストランやバー、ショッピングモール、ホテルが併設されている。オフィスビルやレジデンスがあってもいい。周辺の環境を整備することで、試合中はもちろん、試合の前後も含めたエンターテインメントを楽しんで帰ってもらう。これが、カスタマー・エクスペリエンスを高めるための方法論です。

 周辺だけではなく、もちろんスタジアムの中にもワクワクするような環境を作っていかなくてはなりません。Wi-Fi(無線LAN)が快適に使えることは当然。座席に座りながら手元のスマホやタブレット端末に選手のデータやスタッツが即座に届けられます。今や米国では当たり前になっていますが、トイレはどこが空いているのか、ホットドッグはどこのお店がお薦めなのか、地元の名産品は何なのか、どんなイベントが行われているのかなど、スタジアム内の様々な情報が観戦者の手元に入ってくるわけです。

 昨年、当時建設中だった米国アトランタにある「メルセデス・ベンツ・スタジアム」を内覧しました。米プロアメリカンフットボールNFLのアトランタ・ファルコンズや、米プロサッカーリーグMLSのアトランタ・ユナイテッドFCが本拠地で使用する予定のスタジアムです。多くのスタジアムやアリーナを視察してきましたが、建設中の内側を視察した経験はまたとないものとなりました。

 ドームは現在、日本IBMと共同で「スポーツマネジメントプラットフォーム(SMP)」というシステムの開発を進めています。選手やコーチ、ファンといったステークホルダーのID、スケジュール、会計を一元的に管理し、チームを運営する上で最適なソリューションを導き出し、本来チームとしてあるべき姿をフォーマット化しています。つまり、人、モノ、カネを一元管理し、可視化することでチームマネジメントにかかる労力が最小化し、コーチやスタッフがより創造的な思考に時間を費やすことができるようになるため、今まで以上にチーム改革にエネルギーを注げるようになるわけです。

 話を、IT(情報技術)を駆使したスマートスタジアムに戻します。日本でも注目度が高い米国シリコンバレーの「リーバイス・スタジアム」は、ドイツのSAP社と技術提携しています。IBM社の技術が投入されているメルセデス・ベンツ・スタジアムと比べて興味深かったのは、IBM社とSAP社のテクノロジー導入の考え方が違っているという点です。

 SAP社は、とにかくITをどんどん使っています。例えば、一般の席でもスマホで食べ物を注文できて、席まで持って来てもらえる。徹底的にITを導入し、活用することを目指しています。

 一方、IBM社は座席まで食べ物を配達するのではなく、食事をしたい人には座席から出て来てもらう。座席に配達してもらう人がたくさんいると、周囲でそれを邪魔と感じる人が出てきます。加えて、スタジアムの中を少しでもたくさん歩いてもらい、動線の中により高いカスタマー・エクスペリエンスを提供するための仕掛けを凝らす。スタジアム内を動いてもらう、そういう発想で設計してあります。