鮫島正洋=内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士
[画像のクリックで拡大表示]
鮫島正洋=内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士
 近年、特許データを用いた事業戦略の解析が注目されています。なぜ、特許データなのでしょうか。それは、特許データには、特許出願人である企業の最新の技術が網羅されているだけではなく、そのような技術開発に至ったその企業のマーケティングの結果も反映されているからです。

 つまり、特許データには、企業の戦略の一部を構成するマーケティング、そこから当該企業が把握した技術課題、そして、それに対する解決手段である発明が記載されているのです。

 そうであるならば、特許データを上手に分析することで、企業の事業戦略が見えてくるのではないか?──。これまでは、特許を取得できるかどうか、特許を無効にできるかどうかという実務的な判断のためだけに特許データベースは使われてきました。ところがここ数年、事業戦略の解析にも利用されるようになってきたのです。

 特許データ分析の分野を切り開いた先駆的存在が、三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏です。同氏の分析方法「山内メソッド」は、特許データベースによる解析に、インターネットや有価証券、四季報などによる「非特許情報」を併せて参考にすることで事業戦略を読み解くことに特徴があります。今回は「内視鏡」をテーマに、山内メソッドのイメージを具体的につかんでもらいたいと思います。

 まず、特許データベースから「内視鏡」というテーマに関する特許出願を抽出し、母集団を形成します。続いて、この母集団から特許出願件数のトップ3を採ると、オリンパス、富士フイルム、HOYAとなっていることが分かります(図1)。

図1●日本特許出願件数の上位出願人ランキング
[画像のクリックで拡大表示]
図1●日本特許出願件数の上位出願人ランキング

 これだけでは「オリンパスがトップを走っている」という事実しか分かりません。そこで、時系列的な要素を入れるために、トップ3について出願年度別に色分けした図を作成してみます(図2)。ここで、青色と緑色(青/緑)は2012年以降の特許出願を表しています。そのため、これら2色の比率が多い分野を見ることで、当該企業がここ数年で注力している「事業戦略」を客観的に見いだすことができます。

図2●上位3社のタイプ別特許ポジション(件数/出願時期)
[画像のクリックで拡大表示]
図2●上位3社のタイプ別特許ポジション(件数/出願時期)

 例えば、外科手術の1つである腹腔鏡手術に使う「硬性内視鏡」に注目すると、トップを行くオリンパスは、他社に比べて青/緑の比率が高いことが分かります。つまり、「軟性内視鏡」において圧倒的なシェアトップを誇る同社が、硬性内視鏡の開発にも力を入れようとしているという事業戦略が見えてくるのです。

 しかし、特許情報だけでは、多面性や論証性に欠ける恐れがあります。そこで、山内メソッドでは、ここから非特許情報を併用します。例えば、インターネット検索(非特許情報収集)によれば、オリンパスは軟性内視鏡(検査用途)では世界シェアで圧倒的首位に立つ一方で、硬性内視鏡(外科手術用途)では世界シェア数十%に過ぎず、第3位に甘んじている。そこで、伸び代の大きい分だけ売上増大への貢献が見込める、外科手術用途への積極的な展開が予測(仮説)される──ということが見えてきます。

 このように、「客観的で公平な特許データベースを基礎としつつ、非特許情報を併せて参酌(さんしゃく)し、ときにブーメランのように特許情報と非特許情報を交互に収集/補完分析して妥当性のある結論を導き出すのが、この解析方法の特徴だ」と、山内氏は語ります。

 さて、その山内氏が、今、注目を集める自動運転技術を題材として山内メソッドを公開したのが、「新たな特許分析法・知財情報戦略 ─自動運転編─」(日経BP社)です。今後、重要な分析技術になると思われる特許データ分析に興味を持つ方は、一読をお勧めします。