鮫島正洋=内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士
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鮫島正洋=内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士
 知財が登場するのはいつなのでしょうか。実は、①「自社の技術力でアプローチ可能なマーケット」という定義は十分条件ではないのです。正しくは、①’ 「自社の技術力でアプローチ可能で、必須特許を取得可能なマーケット」とすべきなのです。後段の「必須特許を取得可能なマーケット」とは、どのような趣旨で用いられているのでしょうか。例えば、池井戸潤氏の小説『下町ロケット』では以下のようなケースが登場しました。

──「精密バルブの開発製造を業としてきたA社は、下請けからの脱却を図るべく、人工心臓に適用するバルブに自社技術を転用することを考えている。市場調査の結果、この分野には先行他社が数社存在するものの、A社の技術を駆使すれば、先行他社が実現できなかった血栓フリーのバルブを開発できる可能性があることが判明。A社は早速開発を開始し、目標品質に到達次第、販売を開始するという事業計画を立案した。」

 A社の市場参入の考え方は正しいでしょうか。市場参入するためには、性能が良い、価格が安いなど、他社品に比べて何らかの付加価値がなければ市場には受け入れられません。A社の場合、人工心臓のバルブという用途から考えると、価格よりも性能が重視されることは明らかですから、A社の考え方には合理性があるようにも思えます。

 ところが、知財戦略上は、A社の戦略にはリスクがあります。他社の特許について全く検討していないからです。例えば、人工心臓バルブで競合するB社が特許を保有していたとしたら、A社の目論見(もくろみ)通りにいくでしょうか。高性能の人工心臓バルブを製造・販売し始めたA社に対して、B社は特許侵害警告状を送りつけることでしょう。A社にとっては想定外のリスクが生じることになってしまいます。

 つまり、市場参入の際には特許リスクを考慮する必要があるのです。では、そのためにB社の特許をあらかじめ調査して、全て回避することが必要となってしまうのでしょうか。必須特許ポートフォリオ理論という特許戦略のセオリーからすれば、実はそうではなく、B社の特許の有無にかかわらず、A社が自ら必須特許を取得することが重要なのです。

【必須特許ポートフォリオ理論】必須特許なくして市場参入なし
※必須特許とは、ある製品を生産する際に使用せざるを得ない(回避不能な)特許のことをいう。