梶田 特に行政の分野で、諸外国の官僚はほとんど博士号を持っています。その点、日本は遅れていますね。日本人は労働生産性が低いなどといわれていますが、それは教育の価値があまり認められていないことの影響ではないでしょうか。教育と労働生産性の相関関係があるという報告を聞いたことがあります。

山口 そうそう、イノベーション政策にかかわる国際会議に出席すると、諸外国の参加者はだれもが博士号を持っていますが、日本のキャリア官僚だけが持っていない。グローバルスタンダードでは博士を持っていないと一人前に扱われないので、日本の官僚だけ誰からも話しかけてもらえない。

 大学院教育を受けると、「創造とは何か」をしっかりと知悉した一人の自立した個人が生まれます。つまり「分化した人間」が生まれる。そのような人間を企業が好まない傾向があるように思います。「分化していない人間」、なるべく同じような人がいい。しかし私は、企業が「未分化な人間」を好む傾向にあるのはよくないことだと思いますね。

梶田 そうですね。これは社会科学の専門家がそういう視点で研究をして、答えを提示するべきだと思います。

東大、京大はいいけれど…

山口 一方で研究予算も今、どんどん削られています。文部科学省は各国立大学に配分する補助金(運営費交付金)を毎年1%ずつ減らし始めました。これを20年間続けたいと言っています。20%のマイナスです。

梶田 それでは到底やっていけないでしょうね。既に破綻寸前のような大学もあるのではないでしょうか。

山口 大学では今まで通りの研究はできなくなり、教員採用すらできなくなる。地方の国立大学には有能な研究者がいるのに、彼らの本来の才能を育めない仕組みができようとしています。

(写真:栗原克己)
(写真:栗原克己)
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梶田 それから日本の弱みは、東大、京大はいいけれど、それに続く大学の層があまりにも薄いことです。ドイツと日本の大学を比べると、東大、京大の論文の生産性はドイツより良いけれども、日本の地方大学は、途端に論文の生産性が下がる。しかし、ドイツはほとんど同じレベルの大学がずっと続いています。日本は「選択と集中」というカッコいい言葉を使いますが、それで全体の体力を落としてしまっていると思います。

山口 文部科学省は2016年度から全国の国立大学を「世界で卓越した教育研究」「地域貢献の教育研究」「特色分野の教育研究」の3つに分類しましたね。レッテルを張られてしまうと身動きが取れなくなる。地方の大学にいる優秀な人材を殺してしまいますよ。

梶田 それに、地方にいる学生の元気をなくしてしまいます。若者が地方の大学に行かなくなると、さらに地方が疲弊するでしょう。全国にあるさまざまな特徴を持つ大学が元気でなければ、地方再生などあり得ないでしょう。若者が地方に背を向けるような社会に未来はないと思います。