山口 小柴さんも同じようなことを仰っていました。「大学時代に西島和彦という天才がいて、とても自分はかなわないから実験に行った」と。結果的に小柴さんは超新星爆発によるニュートリノ観測に成功してノーベル賞を受賞し、さらには梶田さんをはじめ立派な後進を育てられました。
梶田 はい。自然の神秘に対する驚きを持続させられたのは、そのおかげです。
軽視される高等教育の価値
山口 本当にそうですね。後に続く人たちに思いを伝えていく教育システムをきちんと構築することは、とても重要です。創造的な若者に創造の場を用意してあげることこそが、今や私たちの役割だとつくづく思います。
最近、アメリカで印象的なことがありました。あるアメリカの友人の家で、中学生のお嬢さんに「陽子と中性子はなんで同じ重さなのか教えて」と聞かれたことがあります。度肝を抜かれました。日本の中学生はそんな質問をあまりしませんから。何かの本にその事実が書いてあって、自分なりにそのわけは何だろうと不思議に思ったと言うのです。それってすごく大事な質問ですね。
梶田 今の教育のことを考えるときに、素直に「なんで?」と疑問に思う、そういう教育をしてあげないといけないんでしょうね。
山口 結局、それが日本社会の中の「基礎研究はいらない」という主張につながっているような気がしてなりません。多くの人たちは「経済的な価値につながらないからいらないんじゃないの?」と思っている節があります。
基礎研究は土壌の中を掘り進んでいくようなモグラみたいなもので、社会から見えないし、社会に対して直接的な価値は与えないけれども、最終的に人類を豊かにする知を創る作業です。ところが日本では基礎研究が1990年代の終わりからどんどん軽視されています。
梶田 確かに基礎研究、特に科学の基礎研究は基本的に人類共通の知を創っていくプロセスですね。そういうプロセスに日本も先進国の一員としてきちんと参加すべきだと思います。
山口 にもかかわらず、社会の風を敏感に感じ取り、基礎研究に失望して博士課程に進む若者がどんどん減っています。
梶田 これは若者が研究に興味がないわけではなく、日本の研究者、特に若い研究者に対する待遇があまりにもひどいことが直接影響していると思います。博士課程に進むと人生のリスクを背負ってしまうような社会こそが問題です。
もちろん博士号を取ってポスドクでさまざまな経験をするのはいいけれども、そうはいっても研究者にも人生があります。常にクビになる不安を抱えて短期のポスドクを続けるのではなく、ある段階で能力のある人はちゃんとした定職に就けるようにしないと。
山口 私たちが若者だった1980年代、博士課程に行くとやっぱり就職口はない、だけど「だれも見たことがないことを見たい」からこそ自分は研究をするという時代でした。食えなくなってしまうかもしれないという恐怖を、梶田さんは精神的にどう乗り越えられたんですか。