日本の科学とイノベーション、再生への道筋

博士しか相手にされない欧米、博士を必要としていない日本

クロスカップリングでノーベル化学賞の根岸英一氏に聞く(第2回)

  • 山口 栄一=京都大学 大学院 総合生存学館(思修館) 教授
  • 2017/05/19 05:00

 イノベーション理論と物性物理学を専門とする京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授の山口栄一氏が、新著『物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて』(日経BP社)で偉大な物理学者たちの足跡をたどったことをきっかけに、現代の“賢人”たちと日本の科学やイノベーションの行く末を考える本企画。前回に続き、米パデュー大学H.C.ブラウン特別教授の根岸英一氏と、山口氏による対談の模様を伝える。

 話題は、日本とアメリカにおける研究者のあり方の違いへと進んだ。(構成は片岡義博=フリー編集者)

台頭しつつある中国の頭脳

山口 日本では、化学産業は何とか持ちこたえているものの、エレクトロニクスや物理系の産業は総じて落ち込んでいます。シャープは自力再生が難しくなって、ついに台湾の鴻海精密工業に買収されました。東芝も今年に入って子会社の原子力企業(ウェスチングハウス・エレクトリック)が倒産し、何と最も大切な半導体メモリー事業を売却して持ちこたえようと画策しています。

 この凋落の原因は何なのか。かつてイノベーションを支えていた大企業の中央研究所がこの20年間に次々に閉鎖、縮小され、それに代わるイノベーションモデルを日本はアメリカのように見いだせていない、というのが私の仮説です。そこでアメリカの大学で長く研究されてきた根岸さんから、日本の科学を担う企業や大学がどのように見えるかをお聞きしたいのです。

根岸英一氏
根岸英一(ねぎし・えいいち)
1935年満州生まれ。米パデュー大学H.C.ブラウン特別教授。1958年東京大学工学部卒業、帝人入社。1960年フルブライト奨学生として渡米。ペンシルバ二ア大学で博士号取得。パデュー大学、シラキュース大学准教授などを経て1979年パデュー大学教授。有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリングによって2010年にノーベル化学賞受賞。(写真:栗原克己)
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根岸 日本のどこに視点を置くかですね。10年前、20年前に視点を置くと、大きく伸びています。でもこれから大変なときが来るかもしれませんね。中国をはじめ、いろいろな国が追い付いてきていますから。私のいるパデュー大学では、初期の頃は日本人が圧倒的に多かった。けれども最近は中国から来る方が割合からすると多い。それも多くが素晴らしい頭脳を持っています。中国の持っている潜在力は今、ものすごく上がってきていることを感じますね。

山口 日本人はいかがですか。

根岸 日本からは、優秀な方が来られていることに加えて、日本の科学の水準がかなり先行していたという伝統があります。その2つの上に日本人の優位性が保たれているという印象を受けます。

山口 今や日本で理系の学生たちの多くは、大学院博士課程に行くともう将来がないと思っています。アメリカだと、大学院に行く若者たちは研究者になろうと考えて、そういう研究者のキャリアパスもきちんとありますよね。

面接もしてもらえない

根岸 それに加えて、スタンダードがまるっきり違いますね。大学はもちろん、著名な企業では研究職を得ようと思ったら博士号を持っていないと相手にしてくれません。ですからアメリカの場合、いや応なく博士課程に行くしかない。一流の化学会社、特に製薬会社は博士号を持っていなければ面接もしてもらえません。

山口栄一氏
山口栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授。1955年福岡市生まれ。専門はイノベーション理論・物性物理学。1977年東京大学理学部物理学科卒業。1979年同大学院理学系研究科物理学専攻修士修了、理学博士(東京大学)。米ノートルダム大学客員研究員、NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英ケンブリッジ大学クレアホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。著書多数。(写真:栗原克己)
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山口 ということは、今の日本は技術経営・イノベーション経営という観点から相当遅れているということを意味しませんか。博士を持たなくてもやっていけるということは、「まだこの世にないものをあらしめた」経験がなくてもよいということですから。

根岸 遅れていても競争できていたということでしょう。日本の会社でしっかり成果を上げた方の中には、博士はもちろんですが、修士の人もいます。

山口 日本の会社では、むしろ修士が標準ですね。若者たちは博士課程に行くと就職できないと思っていますから。私は日本がこれから国際的に一歩秀でるためには、研究者を志す若者たちが博士号を取って、「研究とは何か」という科学の本質を身に付けてから社会に出ることが大事だと思っています。

根岸 そう思いますね。しかし今の段階では、博士を取らなくても、早めに職場で切磋琢磨をする場に自分を置いた方が、まだかなりの部分で優位性が出てくると会社は判断しているんだと思います。だから博士号を持って入ってきた新米よりも、職場に長くいた自分の方が判断力も実力もあると今でも思っているんじゃないでしょうか。

欧米と中国の間で置いていかれる

山口 たぶん企業や社会が「博士を持っている人間は使えない」と思い込んでいるために、今のような状況になっているんだと思います。日本をアメリカ型ないしヨーロッパ型に変えていくにはどうすればいいんでしょうか。

根岸 アメリカでは博士の学位を取ってから研究職に就くシステムが古くから確立しているので、自分がトップの人間だと思ったら、自ら博士課程に進んできました。また企業に入って博士号を持ってないと、惨めな思いをする。ただ、博士号が研究にとって本質的なものなのかどうかというと、そこまでは言えません。修士で終えた人でも極めて優秀な人はいると思います。

(写真:栗原克己)
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山口 例えば科学技術振興機構(JST)のような公的機関、すなわち研究を後押しするための機関に私がアドバイザーとして行ったときは、「みんな博士号を取りなさい」とJST職員のいわゆるプログラムマネジャーたちに言うんです。けれども、JSTとしては「プログラムマネジャーに博士号は必ずしも要らない」と、いささか懐疑的な雰囲気です。日本社会って不思議です。根岸さんもかつて(2016年3月末まで)JSTの総括研究主監を務めていましたね。

根岸 そうですね。そこにおける日米の違いはどこまで続くか。中国などが今後、どんなふうに出てくるか。逆に日本が欧米と中国の間に入って、置いていかれる可能性が大いにありますね。

山口 中国は今、博士号保持者が大変な勢いで増えています。日本でも博士号取得を少しエンカレッジしなきゃいけないと思っています。

根岸 ただ、博士号を持っている者に研究の観点から課せられる責任は高くなければいけないと思います。そういう伝統が今まで日本に少なかった。博士号のプロセスが不十分な点として、1つは博士から企業に入った人のパフォーマンスがかなり悪かったんですね。

山口 そうなんです。

根岸 もう1つ留意すべきなのは、その人が実力を発揮するためにはある程度時間がかかるということです。博士号を取ったら、だいたい30歳になるわけでしょう。そうすると、実際に成果を上げるのは何歳をもって限度とするか。40歳から45歳までとするか。研究者として、ある一定の年齢の間にしっかりしたことをやってもらわなければいけない。何年の猶予期間を与えるかによって立ち上がりの早さも変わります。

この世にないものをあらしめる研究

根岸 数年前に、デュポン(米国を代表する総合化学会社)の本社に行って本当に驚きました。まず、デラウェア州ウィルミントンのとてつもなく大きな建屋に、ものすごい数の研究員がいるわけです。ざっと1000人近いその人たちが助手ではなく研究員なんです。そのスケール、そしてその研究員がみんな博士号を持っていると聞いたときは、びっくり仰天しました。

 経営方針そのものが、研究を通してビジネスになることを発見し、自分のところで当てるんだ、ということなんですね。デュポンが当てなかったら、他は当てられないかもしれない。

(写真:栗原克己)
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山口 私はなぜ日本社会では博士を不要だと思っているのかなとずっと考えてきました。博士って何をするのか。博士は要するに研究をします。では研究とは何かというと、この世の誰も見つけてないことを見つけることです。あるいはこの世にないものをあらしめることです。それこそが、幸せな社会をつくるんだ、だからイノベーションを起こすんだという確固たるビジョンが、アメリカやヨーロッパの社会にはあったのだと思うんです。

根岸 確かにありましたね。

山口 一方、日本社会では、いやいや、イノベーションとはそうした発見や創造、すなわち私が言うところの創発からは生まれないと考えているのではないでしょうか。日本は一生懸命に海外のまねをして、それを自分たちで改善していく、という姿勢がずっと身に付いている。そのため、発明や発見のために研究をする博士を必要としていないのかな、という気がしてならないんですよ。

根岸 本当にそうだと思います。