山口 でも溝呂木反応とは呼ばれていませんね。

根岸 私も含めて世界的に溝呂木反応と呼ぶ人はたくさんいます。しかし溝呂木さんは発表後に間もなくお亡くなりになりました。それからホウ素を使った鈴木カップリングでは、鈴木先生と同じ北海道大学で助教授だった宮浦憲夫さん(現・同大学特任教授)が重要な貢献をされています。

誰でも、どんなものでもできる

山口 根岸さんは、パラジウムを触媒にしながら、亜鉛やアルミニウム、そしてジルコニウムだけではなく、ホウ素に至るまで、さまざまな元素を網羅的に研究されていますが、留学時代には実験が苦手だったと伺いました。

根岸 ペンシルバニア大学で2年目に博士論文の研究を始めたら、教科書や論文に書かれている化学とまるっきり違う(笑)。

山口 ああ、確かに。よく分かります。化学は、現場の暗黙知だらけですから。

根岸 新婚だった妻が研究室に来たとき、実験中にたまたまボンと突沸したんです。大したことにはならなかったんですけど。

山口 爆発じゃなく突沸ですね。

根岸 それを見た妻が「もう絶対に(研究室には)来ません」と(笑)。やっぱり自分は実験がヘタだなと思ったんですね。そのとき、化学反応自体をもっとよく知ろう、そして誰がやってもうまくいくような反応を見つけ出そうと思いました。

(写真:栗原克己)
(写真:栗原克己)
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山口 化学は、その人しかできないという反応が確かにあると聞いています。それを誰でもできるようにする。根岸カップリングはまさにそうですね。どんなに複雑な高分子もこの方法でできてしまう。

根岸 それが出発点なんです。誰にでもできる。それから、どんなものでもできる。そういう強い願望を持っていました。