前回は、LIGHTzが開発するAI(人工知能)技術「ORINAS(オリナス)」をスポーツ分野にどのように展開できるかについてご紹介しました。今回は、フェンシング界の世界的なレジェンドである太田雄貴選手の試合解析の事例から、「熟練者の思考やまなざしを丁寧に紡ぎ上げる」というORINASのコンセプト実現の核となる“感性”に焦点を当てます。

 LIGHTzでは、AIを活用して製造業やスポーツなど様々な分野のスペシャリストの知見を次世代に伝えていく事業に取り組んでいます。例えば、スポーツ選手のスキルを説明しようとすると、「ビュッ」「バーン」のような擬音語や、「目が覚めるようなスイング」など、曖昧な表現が多くなりがちです。そのため、スキルを継承しようにも選手の優れた技能は属人的になりやすく、選手個人の中に眠ってしまうことがほとんどでした。

 では、この状況を打破し、いわゆるレジェンドと呼ばれる選手のプレーを若手選手が参考にできる形で残すためにはどうすればいいでしょうか。

 最近は、センシングや画像解析などの技術進歩によって、選手の動きや試合経過のデータを取得し、プレーのすごさを客観的な数字で観られるテレビ中継も増えてきました。例えばバレーボールの中継では、その日のアタックの成功率や、スパイクの最高到達点などの情報を、ほぼリアルタイムに知ることができます。

 こうした客観的事実の積み重ねと分析が、プレーを向上するために重要な役割を果たすことは間違いありません。ただ、客観的事実だけでは誰もがそれをまねできるようにならないことも確かです。プレーを支える技を後進に伝えるために大切なことはもう1つあります。それが、“感性”です。「人の主観的な感性を起点にすること」が、ORINASの最大の特徴になっています。

客観的なデータ分析では分からないレジェンド選手の”感性”に基づくAIが、次世代の選手に新たな気づきを与える。(図:LIGHTz)
客観的なデータ分析では分からないレジェンド選手の”感性”に基づくAIが、次世代の選手に新たな気づきを与える。(図:LIGHTz)
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 主観的な感性を取り入れることは、決して客観的なデータ分析に逆行するわけではありません。センサーなどで取得した多くのデータを統計的に分析し、客観的な特徴や事実を導き出す方法ではデータによる裏付けが得られる一方で、独自のノウハウをもつ選手や監督のような専門家の解釈とは異なる結論を導き出す場合もあります。客観的事実と感性の両輪を用意することで、より深くプレーを分析することが可能になるはずです。

 そこでORINASでは、選手自身が感じている試合の流れや、試合中の特徴的なパターンに着目し、それをAIとして学習させることで選手の主観を可視化することに挑戦しています。例えばバレーボールの場合、相手チームのポジショニングをこのAIに入力すると、レジェンド選手ならどんなアタックを想定し、どこで守るべきと考えるかを出力します。つまり、誰でも専門家の知見を合わせもった解釈ができ、学びを得られるようになるのです。そうすることによって、熟練者の思考を次世代に伝えることに大きく貢献できると考えています。