中川聰のSUPER SENSING問答

昆虫を知れば、ヒトが見える

対談:神崎亮平氏(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)(前編)

  • 文責:中道 理
  • 2016/03/14 12:00

 昆虫のセンサーや脳を研究することで、驚異的な性能のセンサーや効率的な処理回路を開発する。そんな研究をされているのが、東京大学 先端科学技術研究センター 教授の神崎亮平氏です。今回、昆虫センサーの驚異の能力について話を伺いました。(編集部)

(写真:栗原 克己)
神崎 亮平氏
東京大学 先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 教授
1957年和歌山県生まれ。1986年筑波大学大学院博士課程生物科学研究科修了。理学博士。アリゾナ大学神経生物学部門博士研究員、筑波大学生物科学系助手、講師、助教授、教授、東京大学大学院 情報理工学系 研究科 教授を経て、2006年より現職。2013年より副所長。

神崎氏:中川先生が3月3日にSUPER SENSING FORUMを開催されますが、わたしがその時に話す予定のスライドを何枚か持ってきました。「環境の世界」の話です(編集部注:インタビューは2016年2月9日に実施した)。

中川氏:ああ、今度講演でお話しいただく。

神崎氏:そうです。ヒトも含めて生物は環境下の感覚情報をセンシングして環境下で行動し、環境の認識が起こります。さまざまな行動を起こすうえで、脳には機能的な階層性があるんですよ。一番下が脳幹って呼ばれる最も基本的な部分で、反射やプログラムされた、いわゆる本能的な行動を起こします。もう1つ上は、記憶だとか情動に関わる階層。さらにその上が認知の階層なわけです。重要なのは、行動によって複雑さが違うということです。そして、外界をセンシングして行動を起こすわけですが、動くことで、また新たな信号が入ってきます。これが絶えず適切に繰り返されることが大切なんです。さらに重要なことは、第1、第2階層までは、無意識の世界ということ。第3階層になってはじめて意識の世界になることです。本能的な行動というのは、知らないうちにセンシングして、知らないうちに動いてしまっているということになります。動物の行動は、ほとんどのケースがこれに当たると考えられます。

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中川氏:いちいち考えてないってことですよね。

神崎氏:そう、いちいち考えてない。実は、行動にはそれが重要なんです。SUPER SENSINGを考えるうえでも重要になりますね。センシングと意識を結びつけるのか、それともセンシングと無意識の世界を結びつけるかです。どっちがターゲットかは重要課題ですね。

中川氏:それは、ものすごくいい分け方ですよね。

行動の単位には2パターンある

神崎氏:本能的な行動は大きく2つの単位で説明できます。この図はそれを説明する実験なんですが、カエルが、ミミズのような餌が目の前で動いているのを見ると、まずそれを追い、体をその方向に向け、舌を伸ばして、餌を舌で絡め取り、飲み込む。そして口を拭うんです。このときにこんな実験をするんです。カエルが餌を見て体を向けた時に、実験者が餌を目の前から取ってしまう。すると、カエルはまた元の状態に戻ります。ところが、この舌を伸ばして、まさに餌を捕まえようとした瞬間、実験者が餌を取っちゃう。すると、カエルは、なんと、餌がないのにもかかわらず、飲み込み、さらには口を拭く行動も起こしてしまうんですよ。餌が食べたわけでもないのにです。

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 このような実験から、ある刺激がある時だけ起こる行動と、一回起こってしまうと、継続して起こってしまう2つの行動があることがわかるんです。前者が、反射。後者はプログラム行動っていわれます。このような行動は、主に1階層でおこり、第2階層によって修飾され、バリエーションがでるわけです。動物の行動の多くは、このような行動が連鎖的して起こるわけです。

 こういう動物の本能的な行動で重要なのは、その行動を起こす刺激です。例えば、イトヨっていう魚がいるんですが、なわばりに別のオスが入ってくるとオス同士、喧嘩をするんです。何をきっかけにオスであることがわかるかというと、お腹の赤色なんです。人の目から見てイトヨにはとても思えないような楕円形のモデルでも、下のほうを赤くすると、オスはそのモデルに攻撃をするんです。つまり、イトヨの闘争を起こすのに、相手のオスのすべての姿形が必要ない。必要なのは、赤いということだけなんです。全体ではなく、一部の情報だけで十分だということなんです。

編集部:一部しか見てない?

神崎氏:そうなんです。環境下で適切な行動を起こすには、一部の情報で十分なんです。すべての情報をとる必要はないわけですよ。数億年の進化の過程で、どの情報をとればよいかを、生物は獲得したわけです。全部情報処理するには脳の容量を超えるんでしょうね。センシングと脳処理の巧みな連係が、進化で構築されたわけです。

中川氏:そこが当たれば確かにすごい。その以外の情報が要らなくなるかもしれないってことでしょ?

神崎氏:つまり、環境下で適切に行動するには、鍵となる刺激があるっていうことになります。この鍵となる刺激をいかにセンシングするかが、まさに鍵になるわけです。そして、この鍵となる刺激によって、本能的な行動が起こり、環境下で起こる問題をみごとに解決している。しかも、この刺激を受けるセンサー、そして起こる本能的な行動は、すべて遺伝子で決定されています。つまり、見方を考えると、生物は周囲の環境にはどう動けばいいかの情報が全部あるということになるんですよ。しかも、環境下にあるたくさんの情報のうちの一部を使うだけでいいわけです。

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編集部:環境の中に行動が組み込まれているということでしょうか?

神崎氏:環境が行動を決めてしまうということですね。ただし、先ほども言ったように、第2階層によって、第1階層を修飾する。これによって、バリエーションを出すことで、環境に対する応答を微妙に調整することもやってのける。

編集部:ヒトも同じなんですね。

神崎氏:さらには、第3階層の認知をつかえば、これはヒトが得意とするところでしょうが、もちろん大幅にバリエーションがアップされるわけです。しかし、この基本的な構造は生物に共通と思います。

極めた人は他人とは違うセンシング能力を持つ

神崎氏:ある道を究めたすごい人は、何か第六感で感じると言われてますよね。これも実は、第1階層の話と考えればよい。無意識の世界で、意識にはのぼらないわけです。これが第六感にあたるかなという考えも可能と思います。なんとなくわかってしまう。でも意識には上らないから説明ができない。まさに、本能の世界ですね。

 生物は、センサーを使って、外界の信号をセンシングし、その信号を脳にあげて、まわりの世界を再構築します。これを「環境世界」といいます。今度のsuper sensingのセミナーで話す表題ですが、環境世界を考えるとき、3つの要素が必須になります。1つは、いわゆる感覚の世界です。味だとか、匂いだとか、音だとか。もう1つは時間の世界です。そして最後に、スケール、大きさの世界です。

 まず、感覚ですが、例えば、紫外線や偏光は、確かに環境下にはあるわけですが、僕らヒトには検出できない。ところが、ミツバチはこれらを検出し、ちゃんと行動に役立てます。同様に、僕らは20Hzから20kHzくらいまでの音、可聴域といいますが、決まった範囲の周波数の音しかわからない。ゾウは1Hzくらいの低周波が分かる。ネズミは80kHzの音を使ってコミュニケーションするわけです。人の感覚器の能力を超えた情報が環境下には山ほどある。でも我々は残念ながらそれを使えないわけです。

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 犬とヒトが一緒にいれば、犬もヒトとおなじように、ものをみて、音を聞いているように思ってします。ところが、実際には、まったく違う世界をみているわけです。

中川氏:だから同じ環境にいても、刺激として、もう全然違う。擬人化しているだけですね。

神崎氏:環境下での物理化学的な信号は同じでも、動物によって環境世界は全く違うわけです。このことを最初に指摘したのが、ユクスキュルっていう人なんですが、彼はそれをこんな絵で説明しています。

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中川氏:この人すごいですよね。

神崎氏:このような部屋があって、たとえば左上では、いろんなものに色が付いていますよね。色が付いているところって意味があるということなんです。それで、たとえばベンチだとかテーブルだとか電灯とか本棚とか、みんな意味があるから色が付いている。じゃあ、これは誰の部屋かっていうと、人の部屋だと、ユスキュールいうわけです。右上のは、ベンチとイスとテーブルの上の皿に色が付いているだけですよね。これは犬の部屋だというわけですよ。右下になると、電灯と皿に色が付いているだけの世界になります。これはハエの部屋だそうです。このように、物理化学的には全く同じ部屋が、生物のよって意味が違ってくることを言ってるんです。これはヒトの間でも同じことです(編集部注:つまり、ヒトによって見え方が違う)。

 こういう環境世界をヒトと昆虫で比較すると、世界の違いがより分かってきますし、センサの性能の違いや、環境にはヒトが使っていない情報がなんてたくさんあるんだということもわかってきます。

 例えば、昆虫の目ですが、複眼といいますが、目がたくさんある。トンボは、飛びながら飛んでいる虫を捕まえることができる。こんな離れ業をたやすくやる。目がいいのかと思いきや、視力で言うと0.01ぐらいしかない。

眼が悪い虫がなぜ障害物回避ができるか

神崎氏:複眼の1つ1つの目を個眼といいますが、構造的に1つの個眼が1画素になります。複眼は最大で1万個くらいからできているので、空間を一万素子で見るようなものです。分解能は非常に悪い。視力はヒトの100分の1以下ですよ。

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 ところが時間分解能がすごい。ミツバチなんかは300Hzの点滅を区別できるんです。目が悪くても時間分解能の良さで、飛んでいる虫を捕まえ、障害物を巧みに回避して、ぶつからないで飛ぶことができるんですね。空間分解能の悪い視覚センサで、巧みな行動ができているわけです。

 今度は色の話をします。僕らは電磁波の波長の違いを色として見ています。400nmから800nmの光を青から赤い色として検出してるんですが、昆虫は、赤はちょっと苦手なんだけど、紫外線を色として見ることができる。僕らが菜の花を見たときには黄色っぽくしか見えないでしょ?ところが紫外線フィルターを通すと、見え方が違うんですよ。花の真ん中が黒く見えるんです。そこは紫外線が吸収されるんです。実はその部分に蜜のあるんです。ミツバチはそれを知っているわけです。

 モンシロチョウの翅は白いでしょ。我々は、その色からオスとメスの見分けを付けられない。ところが、紫外線フィルターを通して見ると、オスが真っ黒です。昆虫にとっては紫外線は意味を持ち、われわれには意味を持たないわけです。日焼けをするくらいです。

 昆虫は、センサーの段階で、紫外線などの情報のフィルリングをするので、脳により処理を簡略化して、オスはメスを探すことができるわけです。昆虫の脳は小さいので処理の負荷を下げる必要があったんでしょうね。これも進化のたまものと思います。

中川氏:要するにセンサー側で仕切るか、脳側で整理するかということの話ですよね?だからSUPER SENSINGとかいったときに高性能なセンサーで、ある特定のものをポンと検出するのか、あるいはある程度処理して検出するのかっていうのが出てくる。僕は、両軸で取り組んでいく必要があると思いますね。

 逆に、センシングするってことによって、実は脳の側が拡張したり、変異したりする可能性があるわけですよね。そこに僕は興味を持っています。

センサーに力点を置く昆虫と脳に力点を置くヒト

神崎氏:虫ってサイズが小さいでしょ?このサイズ、大きさが生物のセンサーの特性に違いを与えていると思います。体積は、縦×横×高さ、つまり、長さの3乗で表させる。面積は縦×横で、長さの2乗です。そうすると、サイズを小さくしていくと、体積は3乗で小さくなり、面積は2乗で小さくなるので、小さくなるほど、体積に対する面積の比が大きくなる。そうすると、小さな昆虫は、表面をうまく活用できることになる。実際に昆虫は、体の表面にたくさんの種類のセンサーを並べているんです。

編集部:そうか、プロセッシングパワーは小さいけど、センサーは多いっていうことですね。

神崎氏:おっしゃるとおり。昆虫の視点に立つと、センシングに重点を置き、なるべく脳による信号処理を軽くするという構造・設計になっています。これは、ヒトとは正反対の仕組みなんです。ヒトは脳が力、脳力で、センシングしたものを処理する。昆虫は、特化した、進化の中で重要だと判断された信号をセンシングし、脳の負荷を減らし、判断、選択を早くして、すばやい行動を出すわけですね。

中川氏:面白い。人間は、脳の方に寄るというか、今のコンピューターもプロセッサーパワーがすごく発達してきたんで、カメラをどう使うかみたいなところに、どんどんいっちゃってますよね。今のAIのね、いわゆるビッグデータを処理して、ディープラーニングを使ってとか。ものすごい信号処理じゃないですか。でも、ミニマムなセンサーでどれだけできるかという発想もある。

神崎氏:自動運転、人工知能など、ディープラーニングを活用するのももちろんよいですが、昆虫のセンサーや脳処理の仕組みを活用するのも重要ですね。両方のやり方を比較しながらすすめるのがよいと思います。

中川氏:僕もそれ大賛成ですね。脳は単純な方がいい場合がある。そのほうが 間違いを起こさないから。ハトを鍛えるとレントゲン写真から人の医者よりも高い確率でガンの罹患を当てられるようになったという話があるんだけど、あれは人間迷うからハトが勝っちゃう。

(写真:栗原 克己)

次回につづく)

■変更履歴
サブタイトルとして、神崎氏の所属を「東京大学先端技術研究センター」としていましたが、正しくは「東京大学先端科学技術研究センター」です。お詫びして訂正します。該当部分は修正済みです。 [2016/03/17 09:45]