本連載は、2016年2月9日発行の『知財戦略のススメ コモディティ化する時代に競争優位を築く』(日経BP社)の第1章から抜粋して編集したものです。保有している知的財産を最大限に生かして、ビジネスの強みを生み出すための方策と最新事例を、数多くの実績を上げている法律事務所と会計事務所の視点から、ビジネスパーソンの目線と価値観に合わせてわかりやすく解説します。

 前回(第1回)は、「技術と知財で勝る日本が世界でなぜ勝てないのか」という観点から、市場シェアと知財の関係についてその概要を説いた。今回は、太陽光パネルを例にしてより具体的に見ていこう。

 太陽光パネルでは、シャープは5000件の特許をいまだに保有しているにもかかわらず、わずか10年間にそのシェアは90%以上から3%強まで低下した。

 シャープが保有する5000件の特許はビジネスに何の貢献もなくなったのか。おそらく、高性能品である変換効率20%の太陽光パネルを製造するためには、この5000件の特許のうちの少なくとも一部を利用しなければならないだろう。つまり、変換効率20%という高性能品は、今でもシャープだけが製造できるのかもしれない。しかし残念なことに、そこに強みがあっても、シェアの増大にはつながらない。このことは、「変換効率15%の太陽光パネル」と「変換効率20%の太陽光パネル」を並べて売ったとき、消費者はどちらを購入するのかを想像してみると理解できる。

 私が受け持っている講義で、この問いを受講生に投げかけて挙手を求めると、ほぼ1/3 が後者に手を挙げる。「やはり日本人だなぁ」と思う瞬間である。前者を選ぶのは数名。残りはどちらにも投票しない。この質問は、実は意地の悪い質問なのだ。なぜならば、受講生に問いかけるときは、価格については一切言及しないからだ。

 変換効率15%品、20%品ともにパネルの単価が同じであれば、高性能な後者を購入するのが当然だ。しかし、仮に前者の価格が後者の半額だったらどうだろうか。変換効率20%の太陽光パネルではなく、変換効率15%の太陽光パネルを購入した方が同じ予算で多くの電力が得られる。この場合、多くのユーザーは、変換効率15%品を購入する。手を挙げることを躊躇した受講生は、おそらくここまで気付き、価格がわからないために手を上げなかったのであろう。

 もう少し深く考えた受講生は、変換効率15%品の購入に手を挙げる。変換効率15%品と20%品の価格差を論理的に推測したはずである。前者は技術のコモディティ化が起きているため、多くの企業が競合している可能性が高い。これ対し、後者は5000件の特許に守られ、シャープがいまだに独占している製品になっているはずだ。すると、おそらく価格は、前者が後者の半額というレベルではなく、場合によっては1/5や1/10になっている可能性すらある。ここまで考えることができると「15%品を購入する」が正解となる。なぜならば、ここまでの価格差があると、15% 品を購入した方が20%品を購入するよりも同じ予算で大きな電力が得られることは明らかだからだ。

 技術開発を競っているメーカーにとって、この考察の結果に無関心ではいられない。技術を追求するあまりに、市場で要求されるスペックよりも高レベルな製品を供給してしまい、思惑通りには売り上げが伸びなかったという、日本企業によく見られる状況を端的に説明できる。「よい物を作れば売れる」という時代は、技術のコモディティ化とともに過ぎ去る。「当社の製品は変換効率20%で高性能」といくらうたっても、半額以下の15%品には勝てない。

 さらに悪いことに、競合他社が販売する15%品に対して、権利行使できる特許は存在しない。つまり、技術がコモディティ化すると、5000件の特許を持っていてもシェアの維持確保には全くつながらない。ここに従来型の知財戦略論の限界があり、新しい知財戦略論へと進化させる余地につながる。