自前で開発したもの以外を受け入れない姿勢を指す。not invented hereの略。元来は否定的な意味合いで使われてきたが、今後、時代や業界によって肯定的な意味合いで使われるようになるのではないか、と記者は考える。

 エレクトロニクス・IT業界では、研究開発における自前主義が組織に衰退をもたらすとの論調がある。革新につながる技術は従来は主に欧米で生まれていたが、1980年代以降、日本でも頻繁に誕生するようになった。また、大きな研究機関・組織だけではなく、ベンチャーや個人からも提案された。当時、自前主義に陥っていた欧米の大企業は、組織の外で生まれた“革新の種”を見逃す可能性が以前よりも高くなったといえる。同様の環境変化は、1990年代以降の日本の大企業にも起こっている。NIHは、大企業病の一つの症状として語られることがあった。今や、多くの企業や研究機関は、オープン・イノベーションを志向している。

 2000年代後半、エレクトロニクス・IT業界では、米Apple社がオープンではない成功モデルを作ったように見える。同社は、中核技術開発で自前主義を貫いている。「iPhone 5」では、薄型化に向くインセル・パネルを自ら開発して特許を取得した(有料読者限定の関連記事)。しかも中核技術獲得のための特許や企業の買収は、同業企業と比べて少ない。開発した技術を普及させ、コストダウンのために仲間を募ることにも、それほど熱心ではない。一方、通信方式などの標準化された技術に関しては、業績不振の伝統的企業などの買収で積極的に知的財産権を手に入れている(関連記事)。量産技術開発は外部に委託し、製造を含むサプライ・チェーンの大半は外注である。同社は、新陳代謝が激しく水平分業型の業界構造を前提とした“選択的自前主義”で、クローズド・イノベーションを起こした、と言える。

 現在は、むしろNIH症候群でなければ、消費者が自身では気づかないようなイノベーションを引き起こせないのかもしれない。入手が容易な技術の組み合わせによって出来上がる製品に、目の肥えた消費者は既視感を覚えることがあるためだ。「NIHに固執するパラノイアのみが生き残る」と、自前主義を評価する時代がやって来るのではないか。もっとも、Apple社がもたらしたイノベーションは、いずれ水平分業型の企業が汎用技術で実現できるようになる。その時には、別のイノベーションをNIH固執型の企業が引き起こすに違いない。