経済産業省が2012年7月13日に公表した「電力システム改革の基本方針」に次のような記述がある。「価格メカニズムを最大限活用した需給調整を実現し、限界費用での電源の有効活用(メリットオーダー)を進めるため、現在の4時間前市場に加え、実需給の直前まで活用可能な市場(1時間前市場)を創設する」。現在、日本卸電力取引所が扱う短期の電力取引市場には、実際の発電と消費(これを「実需給」という)の1日前に取引する「電力スポット市場」と、当日になってからの需給のミスマッチに対応できるように実需給の4時間前に売買する「時間前市場」が存在する。これに加え、実需給の1時間前でも売買可能な「1時間前市場(「需給直前市場」という場合もある)」を創設しようという動きがあるのだ。

 1時間前市場を創設する狙いは三つ考えられる。一つは、「電力システム改革の基本方針」にも触れられている限界費用での電源の有効活用である。電力会社は、刻々と増減する需要に対して、コストの安い発電所から順番に運転する(この順番は「メリットオーダー」と呼ばれる)ことで対応する。通常は自社の発電所を優先してメリットオーダーが組まれる。このため、もっとコストの安い他社の発電所で電力が余っていても有効に利用されないことがあり、必ずしも経済的ではないという指摘がされていた。1時間前市場ができれば、自社の発電所に限らず、実需給時間のギリギリまで、多様な発電所を市場メカニズムで活用できると期待されているのだ。

 二つめは、インバランス料金の透明化である。新電力が需要家の要求量に対して発電量が不足した場合、電力会社にインバランス料金を支払って電力を代わりに補給してもらうルールになっている。この価格は電力会社が決める固定価格だが、価格算定方法に不透明さが残るとして新電力からたびたび不満が挙がっていた。1時間前市場により、新電力も実需給ギリギリまで不足電力を市場価格で調達できるようになれば、インバランス料金も直前の市場価格を参照することでより透明になると考えられる。

 三つめは、ネガワットなどの参加形態の多様化である。現在の電力スポット市場などに需要家が参加することはできないが、1時間前市場には需要家の負荷削減量(ネガワット)も販売できるようにしようというアイデアがある。このほか、工場の自家発電など、小規模な発電設備についても、実需給の1時間前ならば余剰発電力を確定しやすいため、市場参加が容易になると考えられている。このように、多様な発電によるポジワットと、負荷削減によるネガワットが競合することで市場価格の抑制につながると期待される。

 1時間前市場は、創設されるかどうかも含めて検討が始まったばかりであり、具体的な仕組みはまだはっきりしない。しかし、1時間前市場の創設によって電気の売り方や買い方が多様化し、より柔軟になることは間違いない。

各市場の取引時間の関係
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