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 BISTはbuilt-in self testの略で,テスト容易化設計(DFT:design for testability)技術の一つである。BISTでは,LSIテスターの機能の一部をLSIチップ内に組み込む。具体的には,「テスト・パターンを発生する回路」と,「テスト結果と期待値を照合する回路」をLSIに集積する。

 メモリーに対するBISTを「メモリーBIST」,論理回路に対するBISTを「ロジックBIST」と呼ぶ。メモリー,ロジックの他にも,PLLなどのアナログ回路に対するBISTや,SerDesなどの高速I/O回路に対するBISTも考案されている。

テスト・コストを削減

 BISTの利点は,まず第1に,テスト・コスト削減である。BIST回路がテスト・パターンを発生するため,テスト・パターンのほとんどをLSIテスターに持たせる必要が無い。このため,テスターのメモリーへの投資を削減できる。また,BIST実現に必要なLSI外部端子数は少ないので,多数個の並列テストが可能になり,LSIテスターの所要台数を削減可能である。

 テスト・コスト削減以外のBISTの利点として,実動作速度でテストできることを挙げられる。これで高品質なテストが可能になる。また,外部に膨大なテスト・パターンを用意しなくて済むことから,ボード・レベルでのテスト,システム・レベルでのテスト,フィールド・テストでの利便性が高いことなどある。

 半面,課題もある。BISTを導入すると,故障診断(故障個所の特定)が難しくなるためだ。BISTを使ったテストの結果は,LSI外部では合否しか見えない。テスト対象回路の応答を直接見ることができないため,故障診断に必要な情報を十分に得ることが出来ない。そこで,BIST回路に故障診断機能を加えたり,故障診断用に回路の応答をLSI外部に出力したりする試みがある。

 以下では,メモリーBIST,ロジックBIST,その他の回路を対象にしたBISTを見ていく。

メモリーBIST,最も使うDFT

 メモリーは規則的な物理構造で,テスト・パターンも規則性が高い。このため,論理回路でテスト・パターンを生成するというBIST技術との相性が良い。実際,メモリーBISTは最も広く使われているDFT技術といっても過言ではない。また,近年のSoC(system on a chip)では,チップ面積に占めるメモリーの割合が高まっており,メモリーのテスト品質がLSIの品質を左右するため,最も重要なDFTと考えられている。

適用にはコストの検討が必須

 LSIにメモリーBISTを適用する際には,品質とコストのトレードオフを検討する必要がある。メモリー・テストの品質を高めるためには,実速度でテストすると共に,テスト・パターンの種類を増やしたり,複雑なテスト・パターンを使ったりする。

 ただし,新たなパターンを生成可能な機能を追加するとメモリーBIST回路の面積は増加し,追加したテスト・パターンによってテスト時間も増加し,テスト・コストが上昇することになる。従って必要なテスト品質と,それに必要コストのトレードオフの検討が欠かせない。

 メモリーBIST回路による面積増加を抑えるには,BIST回路の共有化などがある。またテスト時間の対策としては,同時にテストを実行するメモリー・インスタンス数を増やすことなどがある。

役割を広げるメモリーBIST

 最近,メモリーBISTを,本来の目的である「メモリー・テスト」以外にも広げる動きが活発になっている。その一つが,不良メモリーの救済である。半導体製造プロセスの微細化に伴い,集積度の高いメモリー・ブロックで不良の割合が高まってきており,それを含むLSIの歩留まりが下がってしまう。

 その対策として,冗長な領域を持たせたメモリー・ブロックを使う。製造不良が発生した場合に,故障領域を冗長領域に置き換えることでメモリーを良品化してLSIを救済する。この不良の救済に必要な機能である「built-in redundancy allocation(BIRA)」をBISTに加える試みが増えている。BIRAは,メモリーの故障位置の特定と救済可否の判断を実行する。

 さらに,メモリーBISTの進化形の一つとして「プログラマブル・メモリーBIST」を挙げられる。通常のメモリーBISTでは,あらかじめ作り込んであるテスト・パターンしか発生できないのに対して,プログラマブル・メモリーBISTではLSI製造後であっても新たなテスト・パターンをプログラミングしてテストに使うことが可能である。

ロジックBIST,未知の故障に強い

 次に,ロジックBISTについて説明する。現在実用化したロジックBISTはスキャン・テストを基にしており,テスト・パターンには擬似ランダム・パターンを使用する。擬似ランダム・パターンを発生する回路はPRPG(pseudo random pattern Generator)と呼ばれ,実際にはLFSR(liner feedback shift register)がよく使われる。

 ロジックBISTでは,スキャン・チェーンからシフト・アウトしたテスト結果を論理圧縮する。この圧縮結果をテスト結果として期待値と照合し,合否判定を行う。この圧縮したテスト結果は「signature」と呼ばれる。なおテスト結果の圧縮(signatureの生成)には,圧縮による故障見逃しの危険が少ない,MISR(multiple input signature register)が使われることが多い。

 2000年頃には,増加の一途をたどっていたスキャン・テストのテスト・コスト削減の解としてロジックBISTは注目されていた。しかし,圧縮パターン・テストの出現により,ロジックBISTへの移行は鈍った。これは,圧縮パターン・テストが必要十分なテスト・コスト削減能力を備えていること,スキャン・テストと同等の設計制約で適用できること,などの理由が考えられる。

 一方でロジックBISTは,未知の故障モードに強いと言われている。例えば,ATPG(automatic test pattern generator)は,ある故障モデルを基に回路中に故障を想定し,その想定した故障を狙い撃ちするパターンをコンパクトに作ることに長けている。半面,ATPGの生成したパターンはコンパクトであるがゆえ,別の故障モデルや,まだ故障モデルが存在しない未知の故障の検出能力は高くない。

 LSI製造プロセスの微細化に伴い,既存の故障モデルでは表現できない未知の故障モードが顕在化する可能性がある。ロジックBISTは,擬似ランダム・パターンを大量に使用するので,未知の故障モードの製造不良を検出できる可能性が高いと考えられている。

故障検出率確保や設計制約が課題

 ロジックBISTの課題としては,故障検出率がある。例えば,ATPGであれば容易にテスト・パターンを生成可能な回路であっても,擬似ランダム・パターンではテスト困難な場合がある。このような回路構成が存在する場合,ロジックBISTではパターン数に対する故障検出率の向上が鈍くなる。単純にテスト・パターン数を増やすことも考えられるが,それではテスト時間が長くなってしまう。対策としては,ランダム・パターンでのテスト容易性を高めるためにテスト・ポイントを使用する場合が多い。

 ロジックBISTの他の課題として,設計制約がある。スキャン・テストの設計制約を満たすことに加え,ロジックBIST特有の設計制約を満たさなければならない。例えば,テスト結果を論理圧縮してから期待値照合するために,テスト結果の中に論理不定があってはならない。過去の設計資産を流用する場合や,論理設計者からの協力が得られない場合には,非常に厄介な作業になる。

アナログ回路向けのBISTも

 上述したメモリーや論理回路向け以外のBISTも考案されている。例えば,PLL(phase locked loop)などのアナログ回路向けのBISTである。ただし,アナログ特性はディジタル回路のBISTでは直接確認できないため,テスト結果をディジタルに変換して,確認することになる。

 またSerDesなどの高速I/Oに対するBISTでは,トランスミッタとレシーバを組み合わせる場合が多い。テスト・データは,テスト・パターン発生回路→トランスミッタ→レシーバ→テスト結果と期待値の照合回路,という順番で流れる。

 なおアナログ回路向けのBISTには現時点では課題が多く,本格的な採用は少し先になるだろう。