用語解説

 炭素(C)とケイ素(Si)の化合物であるSiC(Silicon carbide,炭化ケイ素)からなる半導体である。最大の特徴は,バンドギャップが3.25eVと従来のSi半導体に比べて3倍と広く,その分絶縁破壊にいたる電界強度が3MV/cmと10倍程度大きい点。また,熱伝導性,耐熱性,耐薬品性に優れ,放射線に対する耐性もSi半導体より高いという特徴を持つ。

 こうした特徴より,従来のSi半導体より小型,低消費電力,高効率のパワー素子,高周波素子,耐放射線性に優れた半導体素子として期待されている。このため,電力,輸送,家電に加え,宇宙・原子力分野でニーズが高い。最近では,ハイブリッド自動車用の半導体向けに検討が活発化している。ハイブリッド自動車では,消費電力が小さく,耐熱温度が400℃とSi半導体より高く,冷却するためのファンなどの放熱装置が必要ないという利点が注目されている。

結晶成長技術が進展

 SiC材料そのものは,セラミックス構造材料として,ディーゼルエンジンの排ガス用フィルター,半導体製造装置用治具類,高温ファンの羽根や熱交換器などに使われているが(Tech-On!の関連記事),1960年代から半導体素子向けの研究がスタートした。半導体素子の使うレベルの欠陥の少ない単結晶を得るのが難しかったが,1980年代に入って,結晶成長技術が進んで,実用的な半導体素子が試作されるようになった。

 このようにチャネル抵抗や結晶欠陥の問題は解決されつつあり,SiCを使ったMOS FET(電界効果トランジスタ)のサンプル出荷がいよいよ始まる。ただし,SiCの製造コストが高いという問題は依然残っており,今後の課題といえよう。

供給・開発状況

2006/07/13

ロームがSiCパワートランジスタのサンプル出荷を開始

 ロームは,ハイブリッド車などの駆動回路に向けたパワー半導体としてSiC半導体からなるMOS FET(電界効果トランジスタ)を開発,2008年ごろの量産を目指してサンプル 出荷を始める,と発表した。SiC-MOS FETはSi-MOS FETに比べて動作時の電力損失が少なく,動作温度の上限が高いという特徴があるが,実用化されていなかった。今回,同社は定格電流3A品(耐圧900V)と10A品(耐圧1200V)の2種類を,2006年中にサンプル出荷することを決めた。インバータ回路やスイッチング電源向けのIGBT(insulated gate bipolar transistor)やパワーMOS FETの一部を, 2008年頃から置き換えていく計画である。

 これまで,SiC半導体素子としては,ショットキーダイオードは初期から試作されていたが,主流であるMOS FETへの適用は難しかった。理由は第一に,半導体素子中を流れる電流 を制御するチャネル部の抵抗が高いこと,第二はSiCウエハーの欠陥の密度が高いことである。ロームがSiC-MOS FETのサンプル出荷を始めるレベルまで来たのは,この両者が改善されて きたことが背景にある。

チャネル抵抗低減と結晶欠陥改善の試み

 チャネル部の抵抗が上がってしまうのはイオン注入の際に欠陥が出来て,表面が荒れてしまうからである。そこで例えば三菱電機は,欠陥の影響を抑えて表面の荒れを平坦化するためにエピタキシャル成長膜に工夫を加えることにより,抵抗を下げることに成功した。また前述のロームは,ゲート絶縁膜の形成方法を改良することで抵抗を下げることができたという。

 一方,SiCウエハーの欠陥密度については,例えば豊田中央研究所が中空貫通欠陥(マイクロパイプ欠陥)だけでなく,微細な転移欠陥を低減することに成功したと発表した。これは,「RAF法」と呼ばれるもので,転移欠陥に対して平行に切断した結晶を種結晶とする手法により達成した。

原研と産総研,SiCトランジスタで世界最高のチャンネル移動度

 一方,日本原子力研究所と産業技術総合研究所は共同で,SiC-MOS FETを開発し,性能指標であるチャンネル移動度(電子の動き易さ)について,実用化に必要な壁200cm2/Vsを超え,230cm2/Vsという世界最高性能を達成した,と発表した。

 SiC基板上への高品質な単結晶の育成技術を産総研が,MOSFET製作技術の開発を原研が担当した。この結果,産総研は,立方晶SiC基板の上に,原料ガスを熱分解して成分元素を基板上に堆積させる化学気相成長法を用いて条件の最適化を進め,高品質のp型立方晶膜を成長させることに成功したとする。原研は,これまで培ってきた知見を活かし,その単結晶膜に高温でのイオン注入によって不純物(リン)を添加して部分的にn型領域を作り,水素を燃焼させながら行う酸化技術により良質の絶縁酸化膜を形成することで懸案の技術的課題を解決し,高性能のMOSFETを製作できたとしている。

産総研,電力損失が世界最少のSiCパワートランジスタを開発

 産総研はまた,山梨大学と共同で,六方晶炭化ケイ素(4H-SiC)を使い,p+ゲート領域を埋め込んだ構造を採用した静電誘導型トランジスタ(埋め込みゲート型SiC-SIT:SiC-Static-Induction-Transistor)を,独自に開発した製造プロセスで作製した,と発表した。スイッチング素子としては世界最小のオン抵抗を実現した結果,従来のインバータ回路で使っているSi-IGBTと比較して,電力の損失を1/12と大幅に削減できるとする。

 埋め込みゲート型SiC-SITの用途は,IHクッキングヒータなどの家電製品向け小容量インバータ,自動車(ハイブリッド車,電気自動車,燃料電池車など)向け中容量インバータ,産業用大型モータ制御の大容量インバータなどで,市場規模は1兆円を超えると予想されている。実用化した場合,2020年時点での我が国の炭酸ガス排出量削減効果は,1990年の我が国の全炭酸ガス排出量の1%に相当すると試算している。

ニュース・関連リンク

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