用語解説

【図】SWCNTの構造による金属性,半導体性の変化。図中の(n,m)は構造の指数を示す。白丸と赤丸が重なるようにシートを丸めると金属性単層カーボン・ナノチューブ,白丸と青丸が重なるようにシートを丸めると半導体性単層カーボン・ナノチューブとなる(クリックで拡大表示)

ベンゼン環を敷き詰めたような6員環シート(グラフェンシート)を丸めた構造の筒状物質がカーボン・ナノチューブであり,その内,シートが1層から成るものを単層カーボンナノチューブ(SWCNT:single wall carbon nano tube)と言う。直径は0.8~1.4nm,長さは数μmの細長いナノスケールの材料である。構造がナノスケールになることによって,量子効果などこれまでにない特徴を発現することから,これまでの技術の壁を破るような画期的なデバイスが創成できると期待されている。

 単層になるとなぜ量子効果が発現するのか。グラファイトのバンド構造は,伝導帯と価電子帯が1点(フェルミ点)で接している構造をしている。この狭い1点を電子が通って導体となる。これに対して,カーボン・ナノチューブではグラファイトが丸まった構造をとり,単層となるとその曲率がさらに小さくなって,許される電子状態が幾つかに限定される。つまり,量子効果を持つようになる。この効果によって,フェルミ点がずれて半導体になるのである。半導体になるかどうかはグラフェンシートの丸め方により,幾何学的に解明されている(図)。

合成直後のSWCNTは半導体と導体の混合物

 単層カーボン・ナノチューブの最も代表的な製法は,鉄触媒と高圧の一酸化炭素から高温で合成する「HiPco(High Pressure Carbon Monoxide)プロセス」である。同法による単層カーボン・ナノチューブは米Carbon Nanotechnologies Inc.より市販されている。

 ただしHiPcoプロセスにより合成した直後の単層カーボン・ナノチューブは,金属性と半導体性のものの混合体であり,比率は金属性SWCNT:半導体性SWCNT=33:67である。このため,単層カーボン・ナノチューブの量子効果を引き出すには,半導体性SWCNTだけを単離する必要がある。米IBM社などが導電性の差を利用して通電によって金属性SWCNTを焼き切る方法を開発しているが,実際には通電の条件などを最適化するのが難しく,より効率的な分離手法の開発が望まれている。

供給・開発状況
2006/04/21

産総研,半導体性SWCNTと導体SWCNTを効率的に分離

 産業技術総合研究所は,単層カーボンナノチューブ(SWCNT)のうち金属性SWCNTと半導体性SWCNTを選択的に分離する手法を考案した。金属性SWCNTと半導体性SWCNTが混合している市販SWCNT(金属性SWCNTが1/3)を過酸化水素水中で熱処理することにより,半導体性SWCNTの方が早く酸化・燃焼する原理を使って,金属性SWCNTの含有量を80%まで濃縮することに成功した。金属性SWCNTはITO(酸化インジウム・スズ)に代わる透明電極材料として使える可能性がある。

 さらに将来的に期待されているのが,こうしたSWCNTの反応性や構造を制御できる可能性が示されたことから,反応条件を変えることによって半導体性SWCNTだけを選択的に取り出すことである。半導体性SWCNTの用途として同研究所が特に期待するのがTFT(薄膜トランジスタ)だ。SWCNTならばより透明で,プラスチック基板上に塗布により成膜しやすいなどのメリットがあるが,従来のSWCNTでは金属性SWCNTが含まれているのでトランジスタとしての性能を出しにくかった。そこでこれまで,米IBM社などが導電性の差を利用して通電によって金属性SWCNTを焼き切る方法を開発しているが,実際には通電の条件などを最適化するのが難しい。今回の産総研の試みは,半導体性SWCNTを効率的に取り出す手法につながる可能性もある。

米IBM,SWCNT上にリング・オシレータ回路を試作


【図】SWCNT1本に,計12個のFETを形成した。左下の写真は,人間の髪の毛と回路の大きさを比べたもの(クリックで拡大表示)
 米IBM Corp.の研究開発部門であるIBM Researchは,SWCNT1本の上にリング・オシレータ回路を試作し,52MHzで動作させることに成功したと発表した。SWCNTで形成したトランジスタは,Siなど従来の半導体と比べて高い電流密度を得られるほか,直径数nmという細さから,回路の微細化が容易とされる。原理的には,THzオーダーの周波数で動作する回路を作れる可能性があるという。

 具体的には,長さ18μmのSWCNTに,p型のFETとn型のFETをそれぞれ6つ形成した。n型向けのメタル・ゲートにはAlを,p型向けのメタル・ゲートにはPdを用いる。これにより,SWCNT1本に6つのCMOSインバータを形成してみせた(図)。このうち5つのCMOSインバータでリング・オシレータ回路を形成し,残りの1つは,測定器からの影響を遮断するためのインバータとして使用した。この回路を発振させた結果,動作電圧VDD=0.5Vで発振周波数13MHz,VDD=0.92Vでは発振周波数52MHz(遅延時間1.9ns)を達成したという。

東北大,SWCNTを分散させた光学ポリマーで超短光パルス発生

 東北大学は,SWCNTを光通信分野で多用される光学プラスチックであるポリメチルメタクリレート(PMMA)やポリスチレン(PS)に均一に分散させ,SWCNTが持つ「過飽和吸収光学効果」を使うことによってパルス幅171fs(フェムト秒)という超短光パルスの発生に成功した,と発表した。これまでにSWCNTを特殊ポリマー中に分散させて超短パルス発振させた報告例はあったが薄膜状の素子しか得られず,長期的な特性劣化も避けられなかった。実用的な光学ポリマーに分散した材料で170fsレベルの超短パルス発振に成功したのは初めて。

 「過飽和吸収光学効果」とは,半導体性SWCNTが持つ特性の一つで,弱い光を吸収して強い光を透過する現象である。つまり照射したパルス光の波形で見ると,強度の低い「裾野」の部分は吸収により削られ,強度の高いピーク部は透過されてそのまま残るので,共振器内でこれらが繰り返されることによってパルス波形が尖ってくる。つまり短パルス化していく,という原理である。

 用途としては,光通信,計測,医療分野などが考えられる。今後光通信には,ブロードバンド回線の急速な普及に伴い,光ネットワークがどんどん大容量化することよって超短パルス光が要求されるようになる。また,次世代の超高速光ネットワークでは伝送速度が電子回路の処理速度の限界を超えるようになるために,光スイッチなどの全光学素子が必要とされる。SWCNTを使った素子は,過飽和吸収効果の回復時間が1ps(ピコ秒)と超高速であるため,光スイッチとしても有望である。

ニュース・関連リンク

米IBM社,カーボン・ナノチューブ1本に形成したリング・オシレータで52MHz動作を確認

(Tech-On!,2006年3月24日)

東北大学,実用的な光学ポリマーにカーボンナノチューブを分散させた材料で超短光パルス発生に成功

(Tech-On!,2006年3月22日)

産総研,カーボンナノチューブの金属と半導体を分離する手法を考案

(Tech-On!,2006年2月17日)

<FNシンポ報告7>北大,カーボンナノチューブを細胞培養の足場に応用

(Tech-On!,2005年8月21日)