用語解説

 ダイヤモンドに類似した炭素(カーボン)薄膜材料のこと。DLC(Diamond Like Carbon)とも言う。炭素材料は原子間の結合形態によって様々な結晶構造をとるが,このうちダイヤモンドライクカーボン(DLC)は,ダイヤモンドとグラファイトの中間的な結晶構造を持つ(図)。つまり,炭素を主成分としながらも若干の水素を含み,ダイヤモンド結合(SP3結合)とグラファイト結合(SP2結合)の両方の結合が混在しているアモルファス構造をとる。

【図1】エレクセルが開発した色素増感型太陽電池
【図】炭素材料の結晶構造。左端はダイヤモンドの結晶構造で立方晶(SP3)をとる。右端はグラファイトの結晶構造で六方晶(SP2)。中央がその中間のDLCで,立方晶と六方晶と水素(図では白い点)が混在した構造をとる

  特徴は,高硬度・低摩擦係数・耐摩耗性・電気絶縁性・耐薬品性・赤外線透過性など。このうち硬度についてはビッカース硬さ(HV)で見ると,3000~5000であり,ダイヤモンドの5000~10000には及ばないが,匹敵する硬さを持つ。摩擦係数(μ)は約0.1であり,高い潤滑特性を持っているのも特徴である。

気相成長法で成膜

DLC薄膜の製法としては,プラズマCVD(化学気相成長法)やPVD(物理気相成長法)が使われる。一般的な製法の一つは,PVDの一種であるイオンプレーティング法である。真空チャンバー中にベンゼンなどの炭化水素ガスを導入し,直流アーク放電プラズマ中で炭化水素イオンを生成させる。この炭化水素イオンは負電圧をもった被コーティング材にその電圧に応じたエネルギーで衝突し固体化,成膜する,という仕組みだ。

 DLC薄膜は,耐摩耗性に高く低摩擦係数であることから潤滑性に優れる点などを活かして,工具,金型,各種擦動部品など多彩な用途に実用化されている。

 さらに用途を拡大するために,材料や成膜プロセスに工夫を加える検討が進められている。例えば,水素を除いたDLCコーティング膜を作製して自動車のエンジンオイルとのなじみをよくしたり,プロセスを低温化することによってプラスチック材料にコーティングしてガスバリヤ性をもたせたPET(ポリエチレンテレフタレート)ボトルを作製するといったユニークな製品が登場している。

供給・開発状況
2006/03/24

日産,水素フリーDLC膜を自動車エンジン部品に応用

【図1】エレクセルが開発した色素増感型太陽電池
【図1】水素フリーDLCコーティングを施したバルブリフターの試作例(左端)。中間のものは12万5000km走った後であるが,コーティング膜の剥離は見られない。右端は従来のCrNコーティング膜を施したバルブリフター(日産自動車) (クリックで拡大表示)

 日産自動車は,水素フリーDLCコーティング膜と特殊オイルの組み合わせにより,エンジン部品向けとしては摩擦係数0.07とこれまでで最高の摩擦低減効果を実現する技術の開発に成功した。同コーティングを施したバルブリフターの実用化検討を進めており(図1),2006年後半に発表するモデルに搭載する計画である。

 通常のDLCコーティングでは蒸発源として炭化水素を使うことが多いが,コーティング膜中に水素が含有してしまい,撥油性があるためにエンジンオイルとのなじみが悪かった。水素を含まないグラファイトを使うことで,コーティング膜中より水素を除くことに成功し,エンジンオイルとの密着性を高めることが可能になった。

 適用できるエンジン部品としては,バルブリフターのほか,ピストンリング,ピントンピンなど。この3点すべてに同コーティング膜を適用することによって,摩擦損失を従来より25%低減でき,燃費を3~4%改善する効果がある。

ふくわうちテクノロジー,
常温成膜でペットボトルにガスバリヤ性を付与

DLCが持つ耐摩耗性や潤滑性といった特性をあえて使わず,それ以外の優れた特性を活かす用途開拓も進んでいる。その一例が,ガスバリヤ性を活かす試みである。

 ふくわうちテクノロジーは,プロセスを低温化することにより,PET(ポリエチレンテレフタレート)ボトルの内面にDLCコーティングを施すことに成功した。既に伊藤園が発売している温かい「おーいお茶」にこのDLCコーティングが施されている。耐熱性を持たせると共に,空気中からの酸素を遮断してお茶が酸化してしまうのを防いでいる。

 ふくわうちテクノロジーは,成膜プロセスを低温化するために,真空度,混合ガスの種類と割合,流量,出力などの成膜条件を見直し,20~40℃で成膜する常温プロセスを開発し,ほとんどのプラスチック材料への成膜を可能にした。

傷に強い腕時計や切れ味が長期間維持できる理容用はさみ

【図1】エレクセルが開発した色素増感型太陽電池
【図】チタンに深層硬化処理とDLCコーティングをして,硬度を高めた腕時計「MRG-7100BJ」(カシオ計算機)(クリックで拡大表示)

DLCのユニークな用途例を幾つか見ていこう。カシオ計算機は,腕時計「G-SHOCK」の最上位シリーズ「MR-G」に,DLCコーティングを施した新製品「MRG-7100BJ」を加えた。7100BJでは,ケースやバンド,べゼルに使うチタンに新たに深層硬化処理をした。これによって硬度は,純チタンの4~5倍となる。さらに,DLCコーティングをして,硬度を高めた。

またベルマーレは,DLCコーティングによって新品の切れ味を長い期間維持する理容用はさみ「マンドールシリーズ」を発売した。2年~2年半は新品の切れ味を維持する。これまで最も長寿命とされていた炭化タングステン(WC)をコーティングした製品でも,切れ味を維持できるのは約1年だった。

 切れ味を損なうことなく,長寿命化を達成できたのは,東工大が開発したセグメント構造のDLC膜をコーティングしたため。ステンレスの基材に対して,格子状に膜が形成されており,DLC膜がはく離したとしても,広い範囲に影響は及ぼさない工夫を加えている。

ニュース・関連リンク

日産自動車,水素フリーDLCコーティングによる摩擦低減技術を開発

(Tech-On!,2006年3月15日)

カシオ計算機,耐磨耗性を高めた「大人の男」向けG-SHOCKを発売

(Tech-On!,2005年12月16日)

ベルマーレと東工大がDLC膜をコーティングした理容用はさみを実用化,新品の切れ味を2年以上維持

(Tech-On!,2005年11月10日)

DLCのふくはうちテクノロジー---常温成膜駆使し多様な材質に進出,基礎と応用両方で巧みに産学連携

(日経ものづくり2005年6月号)

三菱マテリアルツールズ,非鉄材料の加工に適した2枚刃DLCボールエンドミルを発売

(Tech-On!,2005年3月29日)