用語解説

 電磁波が材料中を伝播する際の挙動を記述するパラメータとして重要な誘電率(ε)と透磁率(μ)が共に負となる材料のこと。左手系材料とも呼ばれる。英語では,Left-Handed Materials (LHMs)と表記する。


【図1】左手系材料中を電磁波が伝播する際の挙動。波数ベクトルと群速度が逆方向になる

 誘電率は電界をかけたときに材料中にどの程度の強さの電束密度が発生するかを現す係数,透磁率は磁界をかけたときにどの程度の強さの磁束密度が生じるかを示す係数であり,材料の電磁気的な特性を決めている。電磁波の材料中の挙動は,マックスウェルの方程式により,誘電率と透磁率を使って記述される。ここで,屈折率は(εμ)1/2で表わされ,屈折率が実数の際に材料中を伝播でき,虚数の場合には伝播できない。例えば,ガラスなどの透明材料中を可視光が透過して透明に見える現象は,ガラスの透磁率と誘電率が可視光領域で共に実数であるとともに正の値を示すことで説明されている。

 このように通常の材料は誘電率,透磁率いずれもが正であるが,負であっても実数であれば材料中を伝播する可能性は理論的には指摘されていた。だが自然界には存在せず,材料化は無理ではないかと見られていた。しかし,ついに1999年に電磁波の波長よりも微細な構成要素の繰り返し単位を周期的に並べた共振器型の材料が,マイクロ波の領域で負の誘電率・透磁率を持つことが発見され,俄然注目が集まった。最近では,赤外線領域でも負の値を示す材料が発見され,新素材創生の機運が高まっている。なお,「メタマテリアル」とは,このように自然界に存在しないものを人工的に作り出した材料という意味である。


【図2】右手系材料中を電磁波が伝播する際の挙動。波数ベクトルと群速度が同方向になる

  「左手系」と呼ばれる理由は,左手系材料中を電磁波が伝播する際に,左手の親指が電界の向き,人差し指が磁界の向きとした際に,中指が波面ベクトル(電磁波の進む方向)となることから名付けられた(図1)。これに対して,通常の右手系材料は,右手の親指が電界の向き,人差し指が磁界の向きとすると,波数ベクトルが中指に相当する(図2)。

 左手系メタマテリアルでは,屈折率やインピーダンスが通常は正のところ負になったり,群速度(信号の伝わる速さ)が波ベクトルと逆になったり(図2),といった通常の材料では考えられなかった特性を示す。これらを利用して,従来にない機能を持つアンテナやレンズなどが可能になるとして研究が活発化している。

 さらに,誘電率または透磁率のいずれか一方が「負」の値を示す材料も登場している。誘電率のみが負の値を示す場合には,電子が特定の周波数の電磁波を吸収する「表面プラズモン共鳴」と呼ばれる現象が起き,高感度バイオセンサーなどへの検討が進んでいる。

供給・開発状況
2006/01/06

 左手系メタマテリアルを使って新しい機能を持った素子を作成しようという機運が高まっている。

 例えば,豊田中央研究所と山口大学は共同で,車載用ミリ波レーダ向けのアンテナを左手系メタマテリアルを使って試作した。銅の微小パターンをテフロン基板上に作り,銅パターン間を液晶で埋め込んだ構造のアンテナである。印加電圧を加えて液晶の比誘電率を変化させると,アンテナの屈折率が正から負へと変化し,この結果アンテナから出てくるミリ波の向きが変化する(詳細は,日経エレクトロニクス2006年1月2日号p.76~78参照)。同社はこうして左手系材料を利用することにより,±50°とこれまで以上の広角操作が可能なミリ波レーダを低コストで実現できる可能性があるとして研究を進めている。

 また,米Purdue大学は2005年12月,波長が1.5μmの赤外線の領域で左手系となる材料を開発したと発表した(Tech-On!の関連記事)。「ナノ・ロッド(nano rods)」と呼ぶ780nm×220nmの金を基本的な構成要素として,SiO2の媒質に等間隔で埋め込んだものである(図1)。赤外線は光通信に多用されている波長であり,光通信の制御技術として有望視されている。

 さらに短波長で左手系になる材料の探索が活発化しており,回折限界を超えるレンズを実現したり,レーザーやLEDなどの光学素子を高機能化する可能性があるとして期待が高まっている。

ニュース・関連リンク

Cover Story:研究開発 物理に還る,<左手系メタマテリアル>常識を覆す各種部品を実現,ハードルは挿入損失の低減

(日経エレクトロニクス2006年1月2日号)

世界初の赤外線向け「左手系メタマテリアル」が登場,光通信の新たな担い手に

(Tech-On!,2005年12月19日)

日経エレクトロニクスブログ:「左手系材料」って,ご存知ですか?

(Tech-On!,2005年6月22日)