用語解説

 光を照射することによって表面に酸化力が生じ,接触した有機化合物などを除去できる浄化機能を持つ材料を光触媒という。光触媒機能を持っている材料として実用化されているのは,今のところTiO2(二酸化チタン)だけである。

 TiO2は金属酸化物半導体であり,バンドギャップを持っている。以下のような原理で反応が進む。 (1)TiO2に光を照射する。TiO2はそのバンドギャップエネルギー以上の光を吸収すると,価電子帯の電子が伝導帯に励起され,価電子帯には正孔ができる。 (2)生成した正孔は強い酸化力を持っており,水中にあるOH-(水酸化物イオン)から電子を引き抜く。電子を奪われたOH-は不安定なOHラジカルとなる。 (3)こうしてできあがったOHラジカルは強力な酸化力を持っており,有機物から電子を奪い,安定になろうとする。その結果,電子を奪われた有機物は化学結合が切れて,最後は二酸化炭素や水となって大気中に発散していく。

 TiO2のは3種の結晶構造を持っている。正方晶系のアナターゼ型(低温型)とルチル型(高温型),斜方晶型のブルッカイト型である。光触媒として使われるTiO2はほとんどアナターゼ型である。

 TiO2そのものは,歯磨き粉,化粧品,塗料など向けの白色顔料として広く普及している工業材料である。工業的にはチタン鉄鉱を原料に量産されている。顔料向けのTiO2は粉末であるために,光触媒として使うには薄膜化する必要がある。光触媒薄膜の作成法としては,コーティング法,スパッタリング法,CVD(化学蒸着)法などがある。

光触媒の6大機能

 光触媒の機能は以下の6つに大別され,その機能ごとに用途が開拓されている。

(1)防汚(セルフ・クリーニング)機能:
 汚れは,様々な有機成分や油分にからなる。光触媒は材料の表面についた有機成分を酸化分解することによって汚れるのを防ぐことができる。酸化機能のほかに,TiO2は光照射によって親水性を持つことが知られており,この親水機能もセルフ・クリーニング機能に貢献していると考えられている。

 用途としては,建物の外壁や窓ガラス,蛍光灯などのランプカバーなどにコーティングすることにより,自動車の排ガス,タバコ汚れ,脂汚れなどを自然に落とすことができる。

(2)抗菌・殺菌機能:
 細菌は有機物でできていることから,光触媒の表面に接触してくる細菌を殺し,さらに死骸を分解することができる。光触媒が大腸菌や緑膿菌といった細菌の細胞膜を酸化・分解すると見られている。細胞膜を分解するという意味では,抗生物質も同様の原理で細菌を殺すが,抗生物質が耐性菌を作り出すのに対して,光触媒は原理的に耐性菌は生成しないと考えられている。

 用途としては,タイル,トイレ,台所用品などのほか,カテーテルなどの医療器具に光触媒を塗布して感染防止に役立てようとする検討が進んでいる。

(3)防藻・防カビ機能;
 細菌と同様に,藻やカビといった大きな生物も光触媒で分解できる。ただし成長してしまうと除去するだけの力は光触媒にはないために,初期の段階で分解する必要がある。カビや藻は胞子を産み出して繁殖するために,胞子が付着して発芽する前に分解することは可能である。

 用途としては,藻やカビを防ぐためにスプレーや塗料,建材などむけに検討されている。

(4)大気浄化機能:
 自動車の排ガスなどから排出される窒素酸化物(NOx),硫黄酸化物(SOx)といった大気汚染物質を光触媒によって除去し,大気をクリーンにする効果がある。

 用途は,道路の遮音壁,工場の排気設備,建物の外壁など向けである。

(5)脱臭・空気浄化機能:
 室内の空気中には,タバコ臭やトイレの臭いといった悪臭や有機揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)などの有害物質が発生することがあるが,これらも光触媒によって分解できる。 消臭や脱臭にはこれまで活性炭が使われることが多かったが,定期的に交換する必要があった。光触媒製の脱臭材ならば光さえあれば半永久的に使うことができる。

 用途としては,空気清浄機,エアコンなどの家電製品,壁紙やカーテンなどの内装材などがある。

(6)浄水機能:
 ドライクリーニングや半導体製造工程で使われていたテトラクロロエチレンやトリハロメタンなどの有機塩素化合物は発がん性があるため現在は使用が禁止されている。しかし,地下水を汚染していることが分かり,除去する必要がある。光触媒はこれらの有機塩素化合物を分解除去する効果があり,きれいな水をつくることができる。

  用途としては,浄水器や排水処理の装置,食器に検討されている。

供給・開発状況
2005/12/22

 光触媒の材料の形態として,これまで実用化している薄膜・コーティングのほかに,繊維化しようという検討が活発化している。

ナノレベルのボイドにナノレベルの光触媒で高い自己浄化機能

 日本エクスラン工業は,光触媒である酸化チタン(TiO2)をアクリル繊維に練り込むことで優れた自己浄化機能(図1)を持たせた繊維「セルフクリア」を開発,2006年春から販売を開始する。悪臭,タバコ臭,揮発性有機化合物に対する「消臭機能」,黄色ぶどう球菌に代表される菌に対する「抗菌防臭機能」,タバコのヤニなど有機物質の汚れに対する「防汚機能」を発揮する。

 アクリル繊維は,表面に直径数10nmのボイドを多数持ち,においや菌,汚れといった有機物質を効率良く物理吸着する。これを,繊維に練り込んだ酸化チタンが分解するという仕組みだ。

光触媒活性を持つナノファイバー

 光触媒そのものを微細な繊維にしようという検討も始まっている。例えば,帝人は,光触媒活性を持つTiO2製ナノファイバーを開発した。繊維の直径は約200nm径(図2)。帯電させた溶液を噴出させる「エレクトロスピニング法」に工夫を加えて,これまで難しかったナノファイバー化に成功したのである。光触媒として多用されているTiO2微粒子に比べて,光触媒活性が高いことが確認されたとしている理由として同社は,「TiO2微粒子は凝集しやすいのに対して,TiO2ナノファイバーは凝集しにくく活性を高めやすいためではないか」としている。 今後同社は,高性能フィルターなどへの用途開拓を進める考えである。

 エレクトロスピンニング法は,繊維化したい材料の溶液に高電圧を印加して,帯電させることによって溶液をノズル先端から噴出させて紡糸する技術。帯電させることにより分子同士の反発力が溶液の表面張力を超えた時に一気に噴出する原理を使っている。電極(金属製)までに届く間に繊維はnmレベルまで細く紡糸される。

 TiO2繊維の場合,その前駆体(Tiを含有した有機化合物)を溶媒に溶かして,エレクトロスピンニグ法によって繊維化した。それを焼成することによりTiO2繊維とした。従来のエレクトロスピンニング法では,得られる繊維は脆く材料として使えなかったが,同社は溶媒や紡糸のプロセスに工夫を加えることで構造体に使えるレベルまで特性を向上させることに成功した。

寿命を向上した光触媒コート材言

 一方,コーティング材の性能向上も進んでいる。例えばJSRは,10年間使える光触媒コート材を開発した。2002年に発売した,耐久性に優れた光触媒コート材「ダイナセラ」シリーズに追加するもので,防汚性や親水性,有機物分解といった光触媒活性が,従来の約3倍の期間持続する。看板や表示板,有機物/臭気フィルタといった製品を加工するのに向く  ダイナセラシリーズは,基材とトップコートの間に中間層を設けることで,基材を保護する。新たなシリーズでは,この中間層とトップコート材との密着性を高めた。屋外で使用した場合,従来は3~5年で表面にひび割れが生じたが,密着性を増すことで約3倍長持ちするとしている。

空気清浄機の脱臭性能の高機能化に貢献

 光触媒を使う用途開発面では,空気清浄機の新製品の発表が目立つ。

 例えば,富士通ゼネラルは,脱臭性能を同社の空気清浄機の50倍~150倍に高めた家庭用脱臭機「DAS-30P」を開発し,2005年12月上旬に発売する。家庭用途としては初めて複合金属酸化触媒フィルタを搭載したほか,3波長の紫外線を利用することで,脱臭能力を強化したが,光触媒も大きな働きをしている。

 開発した脱臭機は,3段階で臭いを除去する(図3)。第1段階は,集じんフィルタでホコリや花粉などを取り除いた後,複合金属酸化触媒フィルタで強烈な臭いを分解する。第2段階では,第1段階で除去し切れなかった弱い臭いについて,紫外線を用いたユニット「UVデオドラントユニット」で除去する。

 UVデオドラントユニットは,185nmと254nm,365nmの3波長を発光する紫外線ランプと光触媒プレート,オゾン分解触媒フィルタで構成する。ユニット内では,185nmの紫外線を照射することで,酸素からオゾン(O3)を生成し,臭い成分を酸化分解する。

 さらに,365nmの紫外線を光触媒プレートに照射してユニット内の水分をラジカル化することで,臭いの成分を分解する。除菌効果に優れる254nmの紫外線は,ユニット内の空気の除菌に利用する。その後,ユニット内の空気をオゾン分解触媒フィルタを通して室内へ放出する。

 第3段階では,オゾン分解触媒フィルタを通過した空気に0.01ppm~0.02ppmのオゾンを含ませることで,カーテンやカーペット,家具などに染みついた臭いを直接分解する。オゾンの濃度については,許容規制値とされる0.1ppmの1/5~1/10程度に抑えていることから,人体への影響はないとしている。

 これにより,従来の同社製空気清浄機と比べて,糞便臭で50倍,ペット・し尿臭で150倍,生ゴミ臭で150倍の脱臭能力を実現したとしている。

ブルッカイト型を使った脱臭装置

 光触媒には通常,TiO2の結晶構造のうち,正方晶系のアナターゼ型が使われるが,斜方晶型のブルッカイト型を使った脱臭装置も開発されている。

 国際衛生は,同社の親会社である昭和電工の光触媒ブルッカイト型酸化チタン「ナノチタニア NTB」を使った脱臭装置「パナフィーノ」を,安斉管鉄と共同で開発,販売を開始した。ホルムアルデヒドなど揮発性有機化合物などが発生する工場などに有効だという。価格は33万円。

 ブルッカイト型酸化チタンは,一般的な光触媒であるアナターゼ型酸化チタンに比べ,微弱な光でも高い光触媒活性を示す。この脱臭装置では,ナノチタニア NTBと無機系バインダを組み合わせた光触媒コーティング材を,フィルタの基材となる金属に塗布してある。

航空機や新聞紙に光触媒

 用途面での最近のトピックスでユニークなのは航空機の座席や新聞紙に光触媒が使われたことである。こうした新用途が登場することで,光触媒の市場が一気に拡大する可能性がある。

 ANAは国内線一般席(エコノミークラス)用に新シートを開発し,2005年10月より順次置き換えを始めると発表したが,CFRP(炭素繊維強化プラスチック)と光触媒を採用したのが特徴だという。光触媒を航空機の座席に使うのは世界で初めてだ。シートのカバーに,抗菌・消臭作用のある光触媒を加工することにより清潔感を保つのが目的である。

 光触媒の酸化チタンをコーティングした新聞用紙を開発したのが,日本製紙である。従来の技術では光触媒反応により紙自体の品質が低下していたが,独自の技術で紙の劣化を低減することに成功した。太陽などの光(紫外線)が当たるところに置いておくだけで,臭気成分を分解し空気を浄化する。さらに,オフセット輪転印刷機による高速印刷に対応したでき,インキの着肉性も良好で美しい仕上がりを実現する,という。

ニュース・関連リンク

帝人,光触媒活性を持つナノファイバーを開発

(Tech-On!,2005年11月9日)

富士通ゼネラル,脱臭に特化した家庭用脱臭機を開発

(Tech-On!,2005年11月7日)

日本製紙と読売新聞社,光触媒で空気清浄効果のある新聞用紙を共同開発

(Tech-On!,2005年10月19日)

ナノレベルのボイドにナノレベルの光触媒で高い自己浄化機能を発揮---日本エクスラン工業の新繊維

(Tech-On!,2005年9月21日)

ANA,国内線用の新シートをCFRP化,カバーには光触媒

(Tech-On!,2005年9月8日)

JFEエンジニアリング,業務用の光触媒空気浄化システムを発売

(Tech-On!,2005年5月17日)

JSR,10年間の使用に耐える有機基材向けの光触媒コート材を開発

(Tech-On!,2005年4月18日)

国際衛生,自浄作用がある光触媒内蔵の脱臭装置を発売

(Tech-On!,2005年2月4日)

プラス,パーティションにホワイトボードや光触媒の機能を持たせたインテリアパネルを発売

(Tech-On!,2005年1月24日)