半導体製造プロセスの微細化に起因する物理的な現象がLSIに種々の影響を与えている。そのうち,LSI上の信号波形の乱れなどをシグナル・インテグリティ(信号精度)問題と呼ぶことが多い。シグナル・インテグリティ問題が起こると(例えば信号波形が乱れると),誤動作や動作速度の低下など,LSIの機能や性能に直接影響が出る。こうした影響をLSIの製造前に確認するのが,シグナル・インテグリティ解析ツール(signal integrity analyzer)である。問題が見つかったら,何らかの設計変更を施こすことになる。

 シグナル・インテグリティ解析ツールが対象とする物理現象をここでは2つ紹介する。1つがクロストーク,もう1つがIRドロップである。

クロストーク解析

 クロストークは,配線間で生じた電磁的な結合により,一方の配線の信号が他方の配線の信号に重畳してしまうことをいう。あまり大きなクロストークが発生すると,誤動作を引き起こす。半導体製造プロセスの微細化に伴なって,信号配線とSi基板間の寄生容量よりも,隣接・交差する配線間の寄生容量が大きくなっている。この結果,信号線間の結合により雑音や信号遅延が発生する。

 クロストークを最も簡易的にチェックする手法は,クロックなど雑音源になりやすい配線と平行して走る信号配線の長さをみて結合容量の大きさを見積もる方法である。しかし最近では,これより複雑な検証手法が採用されている。すなわち,一定値以上の結合容量をもつ配線ペアに対して,簡易的な回路モデルを作って雑音量や遅延時間を算出するという検証手法である。さらに,両信号線が同相/逆相で同時動作するタイミングをスタティック・タイミング・アナライザで確かめてから検証することで,より正確にクロストークの影響をチェックする方法も試みられている。

 クロストークの解析では,結合容量などの寄生パラメータを正確に抽出する技術,その結果として得られる大規模なRCネットワークを精度を落とさず簡易的な回路に縮退させる技術,ならびに雑音/遅延時間を正確に算出する技術が重要となる。また、クロストーク問題を回避するために,自動レイアウト段階で平行配線長に制限を加えたり,クロック配線の両側に接地線を平走させて電磁的にシールドする手法が採用されている。

IRドロップ解析

 IRドロップとは,配線の抵抗成分による電位降下をいう。IRドロップは電源線で問題になることが多い。LSIのチップ寸法や総消費電力の増大につれ,電源を供給する配線の構造が複雑化しているためだ。電源線のIRドロップの検証はLSIの誤動作の防止のために重要度が増してきた。IRドロップの検証では,まず電源/接地のレイアウト設計結果より抵抗成分を抽出する。その抵抗ネットワーク上で電圧/電流を求めることによりIRドロップを確認する。ディスプレイに表示したレイアウト・データの上に,電流密度分布や電圧降下量をグラフィックカルに重ね合わせられる検証ツールも多い。

 電源層は次第に多層化しており,大規模な抵抗ネットワークを精度よく縮退し,高速に電圧・電流計算を行なう技術が重要となっている。電源設計に関しては,IRドロップ以外に,一度に大量の電流が流れる際に発生する電源電位の変動を解析することも重要な課題となっている。そのためには,大規模/高速なアナログ回路解析機能が必須になる。


(99. 9. 6更新)

このEDA用語辞典は,日経エレクトロニクス,1996年10月14日号,no.673に掲載した「EDAツール辞典(NEC著)」を改訂・増補したものです。