半導体の特性を示す有機材料のことである。無機材料と同様に,正孔をキャリアとして伝導するp型半導体と,電子をキャリアとして伝導するn型半導体がある。有機半導体を使った有機トランジスタの開発が活発化している。デバイス特性についてはシリコンなどの無機材料に比べて劣るものの,軽量,大面積,フレキシブル,印刷が可能などの特徴から電子ペーパーやフレキシブル・ディスプレイなどのユニークな用途が拓けると期待されている。
有機p型半導体でもっとも代表的なものがペンタセンである。ベンゼン環が五つ結合した構造の低分子化合物である。伝導の原理は,ベンゼン環の二重結合に存在するπ電子が移動することである。これまで有機半導体はシリコンに比べて大幅にキャリア移動度が低いと見られていたが,ペンタセンに工夫を加えることにより,アモルファスシリコン並の0.1~1cm/Vsのキャリア移動度を持つ化合物も合成されるようになり,一気に開発が活発化している。
ペンタセンは,真空蒸着法により簡単に薄膜が得られることも,研究人口が多く,特性向上の試みが盛んな理由である。真空蒸着法により得られた薄膜の構造の検討も進んできた。多結晶状態であることが多く,結晶粒界が存在することが分かってきている。
ペンタセンを塗布できるようにしようという検討も始まっている。例えば旭化成は,ある溶媒にペンタセンを分散させ,窒素雰囲気中で全体を加熱して基板上に塗布することに成功した。試作した有機トランジスタは,トランジスタがオン時とオフ時のソース・ドレイン間電流の比(オン・オフ比)は1×106程度で,真空蒸着法によるペンタセンを使った有機トランジスタとほぼ同等という。
ペンタセン以外のp型有機半導体としては,ベンゼン環が四つ結合したテトラセン,フタロシアニン系などが検討されている。
塗布に向く高分子半導体
高分子系の有機半導体も開発されている。低分子に比べて,溶液からの塗布工程に向くという利点がある。インクジェットや輪転機などの印刷プロセスが適応できることから,低コスト化と大画面化が容易になると見られている。
π電子共役系の導電性高分子であるポリチオフェンやポリフェニレンビニレンを半導体層として使う有機トランジスタの研究が行われている。塗布で製膜するために結晶構造はとらない。このため,キャリア移動度は結晶構造をとる低分子有機半導体よりも低く,10-7~10-5cm2/Vs程度の試験結果が発表されている。高分子の場合,電子が分子内をホッピングなどによって移動していることから移動度が上がらないと見られている。
有機半導体はまだ基礎研究レベルであることから,試薬メーカーがペンタセンなど代表的な有機半導体については供給している。独自に有機合成してより性能の高いものを探索しようという検討も数多く行われている。
一方で,実際の応用を念頭に置いたデバイス化の検討が活発に進められている。(1)電子ペーパー,(2)液晶ディスプレイ,(3)有機EL(エレクトロルミネッセンス),(4)ICタグ,(5)人工皮膚・・・と多様である。いずれも共通するのは,シリコン半導体にない特徴を活かしてフレキシブルな製品を目指しているということだ。
《電子ペーパー》
電子ペーパーは,電気泳動型のディスプレイで,低消費電力で書き換えができるペーパーとして実用化研究が行われている。代表的な開発企業はE Ink社である。同社が開発した電子ペーパーは,透明なマイクロカプセルに青色の液体と白色の帯電粒子(酸化チタン粒子)を入れ,電気泳動で白色の粒子を表裏に引き寄せることで,ディスプレイの白黒を可能にしている。この引き寄せる機能をもつのがドライバ層である。同社がドライバ層として有望視しているのが,有機半導体を使ったTFT(薄膜トランジスタ)であり,すでに試作検討が始まっている。
《液晶ディスプレイ》
電圧駆動の液晶ディスプレイと有機TFTの相性は良いと考えられており,フレキシブルなディスプレイを目指して多くの研究機関が検討を進めている。例えば,フィリップス社は,有機半導体として高分子のポリチエニレンビニレンを使い,高分子分散型液晶を組み合わせたディスプレイを試作した。
【図】有機TFT駆動の15型XGA液晶パネルを開発(Samsung Electronics社)(クリックで拡大図を表示)
また,「Society for Information Display 2005(SID 2005)」では,Samsung Electronics社が有機TFT駆動で15インチ型XGAという大型・高精細の液晶パネルを発表し,話題を呼んだ(図)。これまで試作された有機TFT駆動の液晶パネルは,通常の液晶パネルに比べて画素ピッチが粗いパネルや1~2型程度の小型パネルが大半だった。しかし,今回Samsungが15インチ型XGAのパネルを開発したことで,有機TFTでも従来と同様の大型・高精細ディスプレイが実現できることを示した意味は大きい。
《有機ELディスプレイ》
有機ELディスプレイは,発光させるために大電流が必要であり,有機半導体では必要な電流を取り出すことが難しい。そのため,効率的に発光させるために様々な工夫が行われている。例えば,京都大学,パイオニア,三菱化学,ロームのグループは,EL発光機能を持つ有機トランジスタを開発した。従来の有機トランジスタがゲート電圧でドレイン電流を変調できるように,今回の有機発光トランジスタはゲート電圧でトランジスタのEL発光量を制御できる。ソース・ドレイン電極から有機半導体層に注入された電子と正孔の再結合割合をゲート電極からの電界により変調し,発光量を変えることができる。新規の有機半導体材料の設計,最適なドーピング材料の組み合わせ,電子注入電極の開発により実現したという。ドーピング材料を変えることで,様々なEL発光色を実現できる。
《RFIDタグ》
RFID(Radio Frequency Identification)タグに有機半導体を活用しようという検討が進んでいる。現在はアモルファスシリコンなどの無機材料が使われているが,有機半導体を使えば,大幅なコストダウンが可能になる見られている。例えば,産業技術総合研究所は,RFIDタグ用のアンテナを印刷で製造すると共に,有機トランジスタを使った回路を研究開発しており,オール印刷によるRFIDタグの実現を目指している。
【図】有機半導体で作成した人工皮膚は伸張性があるので卵の表面に張り付けられる(東京大学)(クリックで拡大図を表示)
《人工皮膚》
東京大学の染谷隆夫助教授と桜井貴康教授の研究グループは,有機半導体であるペンタセンを使って伸張性のある人工皮膚を開発した。卵の表面などの自由曲面上に張り付けることが可能である(図)。圧力センサと温度センサを搭載し,300g/cm2までの圧力と,+80℃までの温度を測定できる。