日経ものづくり雑誌ブログ

取材先でひとっ風呂浴びる

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2005/08/01 18:11
高野 敦=日経ものづくり

にわかに信じ難いタイトルではあるが,比喩の類ではなく,本当に取材先で風呂を頂いた。もちろん“仕事”として,である。私が入った風呂とは介護浴槽「hirb(ハーブ)」。全国の介護施設で介護士の負担を減らすのに貢献しているという。


三洋電機の介護浴槽「hirb」。三洋電機テクノクリエイトが開発した。「業界の革命児」と呼ばれるハンディネットワークインターナショナル(HNI)代表取締役の春山満氏とコンサルティング契約を結び,2003年に商品化した。

 このhirbを,『日経ものづくり』2005年8月号特集「省力化新時代」で取り上げるべく,開発元の三洋電機テクノクリエイトを訪ねたのが,2005年6月29日。この特集では,敢えて製造業以外の産業での省力化技術に焦点を当てており,入浴介護の労力を和らげるhirbも,こうした省力化の候補として注目していた。ところが,同社に向かう車中で突然,広報担当者から仰天するような提案がなされた。「本日は開発者へのインタビューだけでなく,実機を体験できる用意も致しております」。

 仕事柄,取材対象の機器を触らせて頂くことは確かに多い。『日経ものづくり』は技術者向けの情報誌ということもあり,性能や使い勝手に関する個人的な感想をベースに記事を執筆することはない。それでも,取材を受ける開発者や広報担当者の立場からすれば,どのような記事であれ実機を触った上で書いて欲しいという気持ちは非常によく分かるので,こうした要請には極力応じるようにしているし,むしろ貴重な経験だと思っている。しかし,取材先で風呂に入るのは,正直なところ迷った。この時点では,どのような状況で体験できるのかも分からなかったし,次の取材の予定もあったので,「時間があれば…」という要領を得ない回答でお茶を濁した。あまりの衝撃的な展開に,濁さざるを得なかったという方が正しい。2人の広報担当者はどちらも女性というのが,私に「ぜひ」と言わせなかった一因であることも,今となっては否めない。年初から取り組んでいたダイエットも,もう少し早くから始めておけばよかったと,後悔した。自意識過剰と言われてしまえば,それまでだが…。

 そうこうしているうちに,クルマは三洋電機テクノクリエイトに到着。実機体験に関しては未定のまま,取材が始まった。この時点で,私が「取材が予想以上に長引いたので,実機体験は残念ながら次の機会に…」的な展開を期待していたことを,ここで告白しなければならない。しかし,そのような淡い期待は叶わなかった。私がhirbに関して質問するたびに,開発者からは「口だけじゃ説明できないので,やっぱり実機を体験した方がいい」という言葉が聞かれ,取材から1時間が経過したころには,あらかじめ予定されていたかのように,そろそろ体験しましょうと提案された。どうやら実機は別棟にあり,別棟に行くためのクルマも用意されているらしい。ここに至っては,私も観念するしかなかった。

 用意された水着に着替え,車いすに座り,浴槽に誘導して頂く。「車いすに座ったまま」というのがhirbの特徴で,これが介護者(主に施設で働く介護士)の省力化に貢献する。開口部が上面にある一般的な浴槽では,被介護者をリフトで運ぶか,何人かで持ち上げなければならない。前者は被介護者の恐怖を与えかねないし,後者は介護者の肉体的な負担(特に腰)が大きい。その点,hirbは前面のフタを上に持ち上げ,車いすを押し,フタを下ろすだけで済む。私の体重は当時80kg近くだったが(現在は77kgくらい),セッティングには全く問題ないようだった。

 早速,入浴が始まる。まずは体を洗うための半身浴で,ボディーソープの有無も選べる。お湯は20〜30秒ほど溜まる。湯を完全交換式とすることは,開発の前提条件だったという。“質”を優先するため,完全交換式にこだわった。この辺は,自らも筋ジストロフィーを発症し,首から下を自由に動かせない春山氏ならではの厳しい品質基準と言える。前述の特集でも訴えたことではあるが,省力化のために質が犠牲になってはならないのだ。給排水の速度要求を満たすポンプや排水弁などを新たに開発したという。

 体を洗い終わると,全身浴に移る。ここでは入浴剤と泡の有無も選べる。泡を出す技術は,洗濯機で使っているものを流用した。三洋電機テクノクリエイトはもともと洗濯機の開発拠点である。洗濯機において洗剤を素早く溶かすために泡を用いるが,この泡を体に当てることで快適性を高めている。泡を背中に当てるため,車いすの背もたれはメッシュ構造とするなど,芸が細かい。すべての要素が「快適」の二文字のために造り込まれていると感じた。当初の少々気恥ずかしい思いもどこへやら,取材であることも忘れてすっかりいい気分になっていた。

 これが家にあったら便利とも思う。実際,hirbの収納時の床面積は,家庭にある洗濯機の取り付け台座と同じくらいなので,浴槽の周辺が多少濡れることを覚悟すれば,不可能な話ではない。もちろん,hirbが設置できるような家庭は限られるだろうし,価格も500万円(税別)と気軽には買えない。この価格設定にも「いいものは安売りしない」という春山氏の主義が反映されている。私は被介護者の視点をほとんど持ち合わせていないが,それでもリフトで運ばれるよりは,hirbで風呂に入る方が何倍もいいということは分かった。それは介護者にとっても同じだろう。この体験によって「『省力』と『品質』の両立」という,特集のコンセプトの一つに到達した。そういう意味では,いい経験だったと思う。

 ちなみにhirbのアイデアは前述の春山氏によるものだが,構造などのルーツは,三洋電機が大阪万博に出展した「ウルトラソニックバス(人間洗濯機)」にあるらしい。この人間洗濯機は,鶏卵のような形をした浴槽にお湯を張り,槽内に気泡を送り込み,気泡がつぶれるときに発生する超音波によって体の汚れを落とすという代物。大量の機雷型マッサージボールが入っており,これが体に当たることで,マッサージ効果も得られる。つまり,既にhirbの持つ機能は備えていた。万博の翌年には実際に商品化したが,さすがに時代を先取りし過ぎていたらしく,2台しか売れなかったという。取材の帰り際,開発者の一人が「服も人間も洗うことに変わりはないですよ」と仰っていたが,入浴後だけに妙に納得してしまった。


大阪万博に出展した「ウルトラソニックバス(人間洗濯機)」。水着の女性の効果(?)もあり,人だかりができたという。

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