Appleにあって,ソニーに足りないもの(上)
私は「iPod」を手放せない。片道1時間半の通勤中はもちろん,自宅ではスピーカにつないでステレオ代わりに,長距離のドライブでは大容量のCDチェンジャーとして,一日何時間も私の傍らにある。これほど入れ込む理由は何か,私なりに常々考えてきた。iPodの新製品が登場したのを機に,その一端をしたためたいと思う(関連記事)。ごらんの通り,これから書く文章では,iPodをひいき目に見ている恐れが多分にある。その分,差し引いて読んでいただいた方がいいだろう。最初に種を明かせば,こうした思い入れを喚起するところにこそ,iPod人気の秘密があると考える。
iPodを購入したキッカケは,日経エレクトロニクスでiPodの開発物語の連載を始めたことだった(関連記事)。シリコンバレー支局のP記者がねばり強く交渉を続けた結果,ようやくApple社のOKが出た。記事の査読を担当することになった私は,試しに一台購入することにした。まだ日本でiPod miniが登場する前である。当時一番安かった15Gバイトの機種を買った。一晩も経たないうちに,手放せなくなっていた。
その理由を解き明かすヒントになったのが,P記者の原稿に何度も出てきた「User Experience」という言葉である。iPodの開発チームの誰もが,よく口にするフレーズという。User Experienceとは,製品の機能や性能を議論する前に,ユーザーにどんな経験を提供できるのかという視点から,製品コンセプトを練るアプローチを指す。ユーザーを中心に据えた設計手法と言い換えてもいい。
Apple社はiPodの開発に先立ち,いわゆるMP3プレーヤが,どうして売れないのかを調査した。その理由の一つが記憶容量が少なく,ユーザーが別の曲やアルバムを聴きたいと思ったときには,いちいち内容を入れ替えなければならないことだった。こうした手間を嫌がり,多くのユーザーは購入後数週間もすると,MP3プレーヤを使わなくなるという。従来のMP3プレーヤは,ユーザーに好ましい体験を提供できていなかったというわけだ。
私には思い当たる節がある。iPodを買う前,私はソニー製の「VAIO Music Clip」という製品を使っていた。小柄でシャープなデザインがお気に入りだった。ただ,自分ではあまり意識していなかったが,曲を入れ替える作業に苛立ったことは,一度や二度ではなかった。出勤前のあわただしい時間にパソコンを立ち上げ,曲を選び,転送しているうちに,電車の時間が迫ってきて途中で転送を諦めたり,あまつさえパソコンが固まってしまい,プレーヤに何の曲も入っていないまま,いらだちを抱えて会社に向かったこともあった。



















