「Android信仰」の落とし穴
米UIEvolution Inc.の創業者である中島聡氏が行った「AppleとGoogleの与える業界へのインパクト」という講演の内容を,数回に分けてTech-On!に掲載しています(【AppleとGoogleの与える業界へのインパクト(その1)】「ソフトウエアを軽視する企業は生き残れない」,UIEの中島氏語る)。とても興味深い内容の講演であり,同氏の意見に対する賛否はともかく,エレクトロニクス機器を開発している方には広く知っておいてもらいたいと思ったからです。
中島氏はこの講演の中で,米Google Inc.が提供している組み込み向けソフトウエア・プラットフォーム「Android」を安易に採用するのは危険だと指摘しています。同氏は「Google Inc.がAndroidを無償で提供する目的は,自社のコアであるインターネット市場を拡大するために,機器分野で競争を引き起こし,機器の価格を引き下げることにある。それを意識せずにAndroidに手を出すのは,自らその競争に巻き込まれることだ」と言います(【Apple社とGoogle社の与える業界へのインパクト(その5)】「Androidに踊らされると必ず失敗する」)。
私が担当した日経エレクトロニクス2010年2月22日号の特集「創造的破壊者Google」では,Androidについても取り上げました。中島氏が指摘する点は執筆当時も意識していましたし,特集に間違ったことは書いていないつもりです。しかし,「Androidさえ採用すればうまくいく」という気持ちが自分の中に本当になかったのか,というと少し自信がありません。
最近,「カーゴ・カルト」(積荷信仰)という言葉があることを知りました(Wikipediaの解説)。昔,西洋文明の存在を知らなかった現地人が,西洋人が持ち込む工業製品に驚き,西洋人のように振る舞いさえすれば工業製品を神から与えられるのではないかと,西洋人の行動を形だけ模倣する信仰が生まれた,というものです。人種差別のニュアンスを含む言葉なのであまり多用しない方がいいと思いますが,形式的な模倣が失敗するケースが多いソフトウエア工学の分野で主に使われる言葉のようです。これをAndroidに当てはめると,さしずめ「Android信仰」という感じでしょうか。
中島氏は自身のブログで,この「Android信仰」を揶揄したエントリを書いています(とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編)。架空の家電メーカーでの会話を戯画的に示したものです。「Androidを搭載したクラウド・テレビ」を開発することが重要だと思い込んだ副社長が,従来の製品開発の計画を覆し,Android搭載テレビの開発を部下に命じる,という物語です。この副社長は「『Androidを載せて実際になにをするのか』という具体的な商品開発の部分は君たちに任せるが,私が確信していることは,ここで『クラウド化』に乗り遅れたらうちのテレビは時代に取り残されてしまう,ということだ」と部下に檄を飛ばします。
もっと素朴に消費者のことを考える
私はこの会話を見たとき,ひどく違和感を覚えました。なぜか。この会話には「顧客のため」という視点がすっぽりと抜け落ちているからです。この物語の登場人物は「自社がどうすべきか」という話ばかりをしていて,「顧客に何を与えたいのか」という視点がありません。おそらく中島氏は,私たちが「顧客のため」という一番大切な視点を見落としがちであることに注意を喚起したかったのではないかと思います。
















