オリンピックの韓国勢健闘の裏にあのカリスマ経営者
17日間に渡って世界を熱狂させたバンクーバー・オリンピックが閉幕しました。個人的に印象に残ったシーンは数多くありますが,その一つといえるのが,韓国チームの大健闘です。今回,韓国チームのメダル獲得数は,金6個を含む14個で全体の5位。対して,日本は金メダルなしの5個に終わりました。メダルの数がすべてとは思いませんが,人口が約5000万人と日本の半分にも満たない国が,これだけのメダルを獲ったことに素直に驚きを感じました。
実は韓国チームが大躍進を遂げたのは,今回というより前回のトリノ・オリンピックです。トリノでは,金6個を含む11個のメダルを獲得しました。その前の2002年のソルトレークシティ・オリンピックではわずか4個だったのです。
そもそも冬季オリンピックの競技種目については,1980年代まで日本がアジアで独壇場とも言える地位を築いていました。日本がアジア地域に冬季競技を広めるために,1986年に初めてアジア冬季競技大会を開催したほどです。それが今や立場は逆転。アジアをリードしていた日本は,逆に韓国や中国を追いかける立場に変わってしまったのです。
経済危機下で貫いた攻めの姿勢
冬季オリンピックで韓国が躍進したのはなぜか。男子なら兵役の免除,金メダリストには月8万円の年金を生涯もらえるなど,さまざまな特典を用意している点も大きいですが,最も重要なのは,長期的な戦略を立てて国家ぐるみで選手を育成してきたからにほかなりません。
実は,その裏には一人の“カリスマ経営者”の存在がありました。韓国Samsung Electronics Co., Ltd.を年間売上高10兆円を超える大企業にまで成長させた,李健熙(イ・ゴンヒ)元会長です。
李氏は国際オリンピック委員会(IOC)の委員でもあります。同氏は2009年8月に,脱税などの罪で懲役3年,執行猶予5年の刑が確定しましたが,同年12月31日,政府によって特別赦免されました。韓国は現在,2018年に冬季オリンピックの招致を狙っています。同氏は,そのキーマンと見られているため,有罪確定から異例の短期間での赦免が実施されたそうです。
韓国の朝鮮日報が2010年2月に掲載した「『スピード・コリア』の裏にサムスン」という記事によると,李氏はSamsung社の会長だった1997年春,当時Samsungスポーツの団長だった朴聖仁氏を呼んで,「冬季スポーツの基本はスケート。韓国が冬季オリンピックを招致するにはスケート種目を育成・強化する必要がある」などと指示を出したそうです。この指示を受けて朴氏は,大韓スケート協議連盟会長に籍を移し,Samsung社は毎月7億〜8億ウォン(5300万〜6000万円)の金銭的な支援を開始。同時に大会を新設して優秀な人材を発掘するなど強化策を施したそうです。同社のスケートに対する支援金の合計は,これまで120億ウォン(9億3600万円)にもなります。これがトリノや今回のオリンピックで,韓国のスケート選手がメダルを数多く獲得することにつながったと言われています。
1997年と言えば,韓国が経済危機に陥り,IMF(国際通貨基金)の管理下に入った年です。Samsung社も従業員の約30%(1万2000人)を削減するなど,経営もどん底の状況にありました。おそらくこれが日本企業だったら,「こんな会社の危機にスポーツなんかに投資ができるわけがない」と一刀両断されていたでしょう。
今こそ長期戦略を
一方,オリンピックからビジネス,特にデジタル家電の世界市場に目を向けてみても,Samsung社など韓国メーカーには,日本メーカーを凌ぐ勢いがあります。例えば,Samsung社は薄型テレビにおいて,北米,西欧,東欧,アジア・オセアニア,中近東・アフリカ地域でシェア第1位,南米ではLG社について2位となっています。ソニーなど日本勢も懸命に巻き返しを図っていますが,苦戦を強いられています。
このように世界市場でSamsung社が今日のような高いブランド力を築くようになった出発点も,スケート強化戦略の開始と同時期にありました。元Samsung社の常務で,現・東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員の吉川良三氏によると,同社は経営危機から脱した1998年に,それまでの「日本メーカー追従型」の戦略からの脱却を図る決断を下し,当時は未開拓だった新興国市場に対して積極的な投資を始めたそうです。その時の決断と以後の投資が,現在の状況を作ったのです。
もちろん,政治,経済などさまざまな事情が異なる韓国と日本を単純に比較することはできません。創業者の息子であるオーナー経営者の李氏と,日本のサラリーマン経営者が持つ権限も違いにも雲泥の差があります。ただ,ビジネスでも,スポーツでも,危機の最中にしっかりと長期戦略を立て,攻めの姿勢を貫いてきちんと結果を出した点は,カリスマと呼ばれるにふさわしい凄さを感じます。
こうした「長期戦略」こそ,今の日本メーカーに足りないものではないでしょうか。例えば,新興国市場戦略については,アフリカなどこれから成長する未開拓市場を本気で攻めるのか,低価格帯の製品も含めて徹底的に勝負するのか,などです。
2010年1月に米ラスベガスで開催された「2010 International CES」を視察した李氏は,こう言ったそうです。「日本勢は怖くない。デザインや基礎技術で勝っている」と。今こそ日本メーカーは,世界市場での巻き返しに向けて長期戦略を立て,いつか,李氏に再び脅威を抱かせる存在に復活してほしいと思います。


















