プロジェクトと人材育成
言われてみると極めて自然なことなのに,言われるまではあまり気がつかない――というようなことって,結構ありませんか。最近,ある方と話をしているとき,特別プロジェクトと通常業務では人材についての考え方がまるで違う,と指摘されました。
特別プロジェクトでは,能力のある人を集めてくることが前提で,参加メンバーの能力育成という視点はほとんどない。現有の能力でゴールまで達成することが第一義的な目的です。対照的に通常業務では,能力が最初からある人が入ってくるとは限りませんし,成果は継続的に出さなければなりません。いかにメンバーの能力を高めるかが成果に反映し,逆に成果を上げるにはメンバーの能力を高めなければならない。成果を出すこととメンバーの能力を高めることは,直接対応します。
こうおっしゃったのは,日産自動車でITを用いた業務革新プロジェクト「V-3P」(読みは「ぶいさんぴー」だそうです)のリーダーを務めた福士敬吾氏。2009年春に退職されて,現在は人材能力育成を目的にしたセミナー運営会社「B-Life」を設立されました。ご自身も講演台にお立ちになり,当時から独自に工夫されたプロジェクトマネジメントについての手法を説明しておられます。
福士氏はV-3Pのプロジェクトにかかわる前,「サニー」などの設計開発に携わっていました。プロジェクト型の業務と通常業務型の業務と,性格の異なる両方の業務でリーダーを務めた経験から,何となく人材育成についての考え方の違いに気がついたそうです。在職中から,人材育成に役立つような事業を始めたかったのだとか。
そういえば,V-3Pのことではありませんが,設計開発期間の短縮実績(しかも製品の品質は良好に保つ)を確実につくる方法というのを思い出しました。それは社内の各部署からエースを集めて「ドリームチーム」を結成し,そのチームに設計開発に当たらせるというものです。業務革新に携わるコンサルタントの方々からは,実際にこの方法を使うかどうかは別にして,よくこのお話を聞きます。
太平洋戦争で言えば,海軍第343航空隊(2代目)がそれに当たりますでしょうか。同航空隊は,源田実大佐が海軍中からエースを集め,最新鋭戦闘機だった「紫電改」を集中配備したといわれます(最近のWebサイトなどを調べてみると,それほどエースばかりでもなかったようですが,紫電改を半ば独占したのは事実でしょう)。敗色の濃い当時の戦局にあって,西日本に来襲する米国機を多数撃墜するなど,海軍航空の最後の輝きとも言える戦果を上げたことで知られます。しかし,戦果の実数は従来言われていたほどではないようですし,太平洋戦争全体の戦局にどの程度貢献したかもよく分かりません。開隊時の戦闘機定数144機(あくまで定数,紫電を含む)で,1945(昭和20)年3月には50機以上が出撃したようですが,結局は消耗して可動約20機という状況で終戦を迎えました。
失敗が許されないプロジェクト,となれば,ドリームチームを作ることも時には必要かもしれませんし,そこで得た実績が「ウソ」かと言えば,そうではありません。ただ,その実績を2回,3回と繰り返したり,あるいは他の部署に横展開するときには,別の種類の努力,つまり人材育成こそが必要になるのでしょう。
























