応用分野が広がった人体通信,次に解決すべき技術課題
人体を利用してデータを伝送する人体通信というワイヤレス技術は,このWebサイト「Tech-On!」でもたびたびニュースで取り上げられていますし,展示会などでよくデモが行われているのでご存じの方は多いと思います。究極の近距離ワイヤレス通信技術といわれていましたが,2009年春に筋電位や心電波形などの生体情報センシングが可能なことも見出され,想定できる応用が一挙に広がりました。
もともとは入退室管理など個人認証のIDとして製品化が始まりましたが,生体情報センシング機能との融合によって,医療・ヘルスケアや自動車,ロボット,酪農,玩具などの分野にも展開する動きを見せています。
少し例を挙げてみましょう。医療・ヘルスケア分野では,救急車の担架に人体通信用の電極を付け,病院への搬送中に心拍数や血流,血栓の状況を計測し,病院の医師に伝える,ということが考えられています。手を担架の両脇の電極に乗せるだけで計測できるので,救急時に向くと見られています。
自動車分野における人体通信応用として,ハンドルを両手で握ることによって飲酒運転あるいは居眠り運転の状況にあるかどうかを判定する,という検討が進んでいます(図)。運転中などに突発的に意識が消失する病気がありますが,その可能性まで分かるかもしれないそうです。また,現行の無線通信によるキーレス・エントリー・システムで使用している複数のアンテナが,人体通信を使うとなくすことができるといった利点もあります(人体通信用の電極は必要になりますが,シンプルで低コストになるそうです)。
酪農というのはちょっと変わっていますが,例えば,牛の生体情報を計測することで,牛ごとのIDを取得したり健康状態を計測したりする,といった応用が考えられています。
現在と将来の課題
人体通信の技術はかなり実用域に達しています。最適な周波数,人体に対する影響,情報漏洩対策,対雑音・干渉対策,低消費電力化,通信速度の高速化などの面で開発が進んでいます。
例えば,通信方式によっては雑音や干渉で品質が低下しやすく,展示会などでの実演ができなくなるケースも依然としてみかけます。しかし,スペクトル拡散方式などを適切に利用すれば解決できるようになりました(関連記事「原理の解明や新方式の提案進む人体通信技術,医療向け試作機をアンプレットが開発」,関連セミナー「新市場を創るワイヤレス通信応用の開発技術」)。
LSIの開発も進んでいますので,実用化は着実に進んでいくと思います。しかし,そのときに新たな技術的課題が出てくるのではないかと思っています。
それは技術的な共通基盤の開発です。まず問題になるのは,携帯電話機など既存の通信機器との技術の共通化ではないかと思います。人体通信をネットワークにつなぐときに通信機器を利用しますが,人体通信の回路/システムと通信機器の回路/システムでは,符号化・復号化技術や制御ソフトウエアなどで似たところ,異なるところがあります。それぞれを分離し,似たところは共通基盤としておけば設計がシンプルになり開発工数が減りますし,機能の拡張も容易になります。
これは応用が,さまざまな分野に展開するときにも言えます。それぞれの応用に特化して開発を進めればその応用で最適なものができますが,用途が異なっても共通のところはたいていあるものです。それを共通基盤にしておけば,全体で開発コストは下がり,分野をまたいだ連携・拡張も進めやすくなります(例を挙げると,生体センシングによる個体認識において,人と牛で認識モジュールをある程度共通にできるかもしれません)。
業界の多くの関係者に利益をもたらす,安価で柔軟性のある共通基盤を作るには,技術や応用の面で俯瞰できなければなりませんし,将来の動向あるいは技術・応用の本質を見通す必要があります。全体像と基本の理解が欠かせません。実用化も普及もこれからなので,話が早すぎると思われるかもしれませんが,共通基盤のようなイメージ(構造化,モジュール化)をもっておくことは,市場開拓の上でも重要ではないかと思います。



















